ンネディ・オコラフォー(Nnedi Okorafor)は、ナイジェリア系アメリカ人のSF/ファンタジー作家。ナイジェリアのメガシティ、ラゴスを舞台にした彼女の長編『Lagoon』(2014)を取り上げる前に、オコラフォーについていくらか復習することにした。今回は、基本ともいえる動画から。
▼ ンネディ・オコラフォー:未来のアフリカを想像するSF|TED
このTED Talksでオコラフォーは、邦訳がある『ビンティ ―調和師の旅立ち―』と『Lagoon』の抜粋を朗読し、それをヒントに、”アフロフューチャリズム”というSFの土台や方向性について語っている。いまこの動画を参照するうえで、頭に入れておく必要があるのは、現在のオコラフォーが、自身の作品について、アフロフューチャリズムではなく、彼女が発案した”アフリカンフューチャリズム”という言葉を使っていることだ。
これは、彼女の作品の方向性が変わったということではない。以前は、すでに存在していたアフロフューチャリズムという言葉を使っていたが、方向性に共通点はあるものの、本質的に違いがあるため、修正したのだ。アフロフューチャリズムでは、奴隷制度によるアフリカ人のディアスポラ体験が重要な位置を占め、必然的に西欧の歴史や社会がそこに深く関わってくることになるが、オコラフォーのアフリカンフューチャリズムは、まずなによりもアフリカの土壌、アフリカ人の文化や伝統、スピリチュアリティに根差し、それがテクノロジーや宇宙と結びついて未来のヴィジョンが切り拓かれる。
だからこの動画も、アフロフューチャリズムをアフリカンフューチャリズムに置き換えて見る必要がある。そうすると、オコラフォーのコメントと噛みあうようになる。特に注目したいのは、抜粋を朗読する2冊を紹介する最初の言葉だ。彼女は、それぞれの作品の核心にあるものを、短い言葉に凝縮している。
最初に朗読する『ビンティ ―調和師の旅立ち―』の場合は、このように語りだす。「未来のアフリカで暮らす伝統的な家族の娘が、はるか彼方の惑星にある銀河で最も優れた大学に入学を認められたら、どうなるか? そしてそこへ行く決心をしたら? 私の3部作『ビンティ』の一節を読みます」。このあと朗読があり、作品の説明もされるが、すでに冒頭のこの短い言葉に核心にあるものが提示されている。アフリカに暮らし、伝統を背負う少女と宇宙が、テクノロジーによってシンプルかつ直接的に結びつけられる。アフリカ人のディアスポラ体験とか、西欧の歴史や社会が重要な位置を占めることはない。
ヒロインのビンティはヒンバ族で、原作の導入部にはこんな記述がある。「あたしたちヒンバ族は旅をせず、故郷にとどまりつづける。先祖から伝わる土地は命そのもの――そこを離れることは死に等しい」。彼女はそんな死に等しいことを決意して宇宙に飛び出し、ひとたび土地と離れることによってより深く鮮烈に自己に覚醒していくことになる。
そして、もう一冊の『Lagoon』を紹介する最初の言葉はさらに簡潔だ。「もしナイジェリアのラゴスにエイリアンが来たら? 私の小説『Lagoon』の一節を読みます」。つまり、メガシティ、ラゴスとエイリアンがシンプルかつ直接的に結びつけられる。原作には、なぜラゴスなのか、という問いもあり、登場人物がそれに答える場面もあるが、ここではアフリカンフューチャリズムの今後も視野に入れ、まずは歴史家ベン・ウィルソンの『メトロポリス興亡史』から、以下の記述を引用したい。
「ラゴスでは、ロンドンの三分の二の面積に、ロンドンの三倍近い人口が押し込められていた。今世紀半ばには世界最大の都市になると予測され、二〇四〇年には人口が二倍の四〇〇〇万人を超え、その後も驚異的なスピードで増え続けると言われている。二〇一八年には、都市部のナイジェリア人の数が農村部のナイジェリア人の数を抜いた。二〇三〇年までに、アフリカは都市人口が過半数を占める最後の大陸となる。これは、われわれ人類の歴史上、極めて重要かつ運命的な瞬間だ。
広大で、底知れず、騒がしく、汚く、混沌として、過密で、エネルギッシュで、危険なラゴスは、まさに現代の都市化の最悪の特徴を表しているが、同時にそれは最良の特徴もいくつか示している」
『Lagoon』では、ナイジェリアの海洋生物学者アドラと兵士アグ、ガーナのラッパー、アンソニー、そしてエイリアンのバー・ビーチでの遭遇を出発点に、未来への想像をかきたてるラゴスの世界が多面的に描き出される。
もちろん人口が増え続け、変貌を遂げるのはラゴスだけではない。ジャーナリスト、ヘイミシュ・マクレイの『2050年の世界――見えない未来の考え方』にも注目し、ナイジェリア、そしてアフリカの未来にも視野を広げる必要がある。
マクレイが参照する国連の人口推計によれば、サハラ以南アフリカの人口は、2019年の10億5000万人から2050年には21億人と2倍になる見通しで、北アフリカを加えた総人口は13億人から25億人に増え、世界の人口の4分の1を占めるようになる。そのアフリカの国々のなかでも人口が最も多いのがナイジェリアで、2億700万人から2050年には4億人になり、インド、中国に次ぐ世界3位になると予測されている。
そうした変化のなかで、アフリカンフューチャリズムは、オコラフォーの作品世界を指すだけでなく、アフロフューチャリズムとは違う大きな潮流になっていくように思える。
《参照/引用文献》
● 『ビンティ ―調和師の旅立ち―』ンネディ・オコラフォー、月岡小穂訳(早川書房、2021年)
● 『Lagoon』Nnedi Okorafor (Hodder Paperback, 2015)
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)
● 『2050年の世界――見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ、遠藤真美訳(日本経済新聞出版、2023年)
《関連リンク》
● 「マココ、コンピュータ・ビレッジ、ダンフォ、エコ・アトランティックなどから、ナイジェリアのメガシティ、ラゴスの現在と未来を展望する――ベン・ウィルソン著『メトロポリス興亡史』」
● 「ヘイミシュ・マクレイ著『2050年の世界』が予測するナイジェリアの台頭とカヨデ・カスム監督のナイジェリア映画『Afamefuna』が描くイボ族の徒弟制度について」
● 「ヘイミシュ・マクレイが『2050年の世界』で注目する”アングロ圏”の台頭とナイジェリア人作家のクライファイ(気候変動フィクション)隆盛の予感」
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● 『ビンティ ―調和師の旅立ち―』ンネディ・オコラフォー、月岡小穂訳(早川書房、2021年)
● 『Lagoon』Nnedi Okorafor (Hodder Paperback, 2015)
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)
● 『2050年の世界――見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ、遠藤真美訳(日本経済新聞出版、2023年)