2007年~2008年のケニア危機を乗り越えるために生まれた舞台劇の大胆な映画化――ニック・レディング監督のケニア映画『Ni Sisi(英題:It’s Us)』

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ニック・レディング監督の『Ni Sisi(英題:It’s Us)』(2013)については、ふたつのことを頭に入れておく必要があるだろう。

ひとつは、2007年~2008年のケニア危機。筆者がよく参照するナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデの『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』でも言及されていて、以下のように綴られている。「2007年のケニアの大統領選、現職のムワイ・キバキと対立候補のライラ・オディンガ、それぞれの支持者たちが何週間ももみあい、約1200人の死者を出し、暴動で35万人が家を失った」。この事件は、選挙の操作に対する抗議が民族間の対立へとエスカレートし、人々や社会に深い傷を残した。

もうひとつは、ニック・レディングと芸術プロジェクト”SAFE”。本作を監督しているニック・レディングは、ロンドン生まれのイギリス人で、舞台や映画で俳優として活動したあと、2002年にケニアに移住し、地元の俳優、アーティスト、活動家とともに、ストリートシアターなどのプロジェクトを通して人々を教育、啓発するための団体SAFEを立ち上げた。そして、2007年~2008年のケニア危機のあとで、SAFEにそれを題材にしてほしいという要望が寄せられ、『Ni Sisi』はまずストリートシアターとして各地を巡回してから映画化され、本作となった。

但し、本作(というよりもレディングがSAFEでつくった3本の映画)の場合、舞台劇が完全に映画に置き換えられるのではなく、舞台劇と映画の融合になっている。その冒頭は、野外に設営された舞台の前に人々が集まってくるところからはじまり、舞台に現れた登場人物ジャバリ(ジョセフ・ワイリム)の前口上を経て、映画の世界に切り替わる。その映画で描かれるドラマは、ときに舞台劇に切り替わり、観客の反応も映し出される。

ジャバリが前口上で語るように、物語のはじまりは、ケニア危機で母親を亡くしたロクサーナ(ジャッキー・ヴィケ)が、ジャバリたちが暮らす村にやってくること。彼女の母親は4人の男たちにレイプされ、入院ののちに自ら命を絶った。ロクサーナを温かく迎えるのは、ジャバリの母親ネネと美容院を営むジッピーと説教師のマリアという賑やかで仲のよい3人組。一方、ロクサーナと同世代の子供たちは、彼女に対する態度がふたつにわかれる。ジッピーの娘スコラ(ムワジュマ・バハティ)は、彼女の立場を理解し、ジャバリも同調するが、ほかの子供は平気で彼女を屈辱するような発言をする。

▼ ニック・レディング監督『Ni Sisi』(2013)予告

舞台となる村で商店を営むムジト(ピーター・キング・ンジオキ)は、近づく選挙で国会議員に立候補しようとしている。彼は、民族の対立を煽って支持や票を獲得しようと画策し、ワトゥリリ族のロクサーナをスケープゴートに仕立てようとする。ワトゥリリ族は魔術を実践し、他の部族から土地を奪おうとしているという噂を流す。また、マリアを訪ねて、彼女の説教を絶賛し、教会を建て直すといった甘い言葉で抱き込み、教会で演説する許可を得る。

その頃、ジャバリは、ムジトの扇動によって村に暮らす部族が分断され、暴動が起こってロクサーナが殺害される夢をみる。ジャバリと、その夢の話を聞いたロクサーナとスコラは、実際に村にあらぬ噂が流され、分断されつつあることに気づき、悲劇を未然に防ごうとする。

監督のレディングと俳優陣は、できるだけ子供にもわかるような物語や演技を心がけている。映画に挿入される舞台劇の観客は、繰り広げられるドラマに引き込まれ、その展開に一喜一憂しているのがよくわかる。

だが、わかりやすさを心がけていても、決して子供向けというわけではない。大人が観ても、正直、恐ろしいと思うはずだ。選挙で勝つためにフェイクニュースを流し、分断を煽って求心力を獲得し、世界を自分の思いどおりに変えてしまおうとする。本作のドラマには、現在の世界が見えてくる。

▼ ニック・レディング・インタビュー|『Ni Sisi(英題:It’s Us)』

《参照/引用文献》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)




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● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)