荒れ果てた農地を究極の農場へと再生する『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』の背景にある”人類が直面する差し迫った危機”のひとつ、土壌劣化の問題を確認する

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ジョン・チェスター監督のドキュメンタリー『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』(2018)では、大都会ロサンゼルスに暮らしていた夫婦ジョンとモリーが、思わぬきっかけで夢を追うようになり、荒れ果てた広大な農地を購入し、8年にわたる奮闘によって生態系を再現するような究極の農場をつくりあげていく。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
©2018 FarmLore Films, LLC

荒れ果てた農地を究極の農場へと再生するドキュメンタリー『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』から、さらに視野を広げるポイントを抜き出してみる」では、本作からさらに視野を広げるための5つのポイントを抜き出した(本作のストーリーについては、そちらの記事を参照していただければと思う)。今回は1つ目のポイントを掘り下げてみたい。

シェフ兼料理ブロガーであるモリーが夢見ていたのは、伝統農法を活用し、自然と共生するかたちで多様な作物を輪作し、野菜だけではなく花やハーブなど、あらゆる食材を育てることだった。夫婦は彼女の夢を叶えるために、カリフォルニア州にあるアプリコット・レーン農場という80万平米(東京ドーム約17個分)の広大な土地を手に入れる。

その土地は枯れている。ジョンの説明によれば、その土地は数々の単作農場に囲まれている。北側は世界最大の屋内養鶏場の跡地で、西側はラズベリーのビニールハウス。彼らが入手した土地でも、レモンとアボカドだけの単作農業が行われていた。そんな状況に対してジョンは、これがいまの農業の姿で、自分たちの計画が異色なのは明らか、とだけしか語らない。

いまの農業のなにが問題で、彼らの計画にどんな意味があるのかは、はっきりしない。ただ、少なくとも土地がひどい状態にあることだけはわかる。岩のような塊が転がり、スコップが固い土に跳ね返される。ところが、その土は水を流すと、極端に脆く、崩れ出し、流出していく。

そこでまず参照したいのが、ジョシュ・ティッケルとレベッカ・ハレル・ティッケルが監督したドキュメンタリー『キス・ザ・グラウンド:大地が救う地球の未来』(2020)だ。その予告編を見ただけでも、本作と深く結びついているのがわかるだろう。

その導入部に登場する自然資源保全局(NRCS)の環境保護農学者レイ・アーチュレッタは、「5つの州で生活したがどこも同じ問題がある。浸食だ。浸食は土を泥にする」と語る。さらに、その言葉を引き継ぐようにウディ・ハレルソンの以下のようなナレーションがつづく。

「すきを使い始めてから浸食は始まった。種をまくために土壌を荒らす道具だ。青銅器時代には広範囲の土地が耕起された。そして大地は浸食され、帝国は滅んだ。浸食の危険性は大昔の歴史以外でも学べる。人類が起こした最大の災害が30年代の米国を襲った。その名はダストボウル。主な原因は中西部の農業者が土壌を耕し、さらしてたこと。34年末には約80万平方kmが永久に不毛になった」

ここで注目したいのは、「浸食は土を泥にする」というレイ・アーチュレッタの発言だ。この言葉から筆者が思い出すのは、地質学者デイビッド・モントゴメリーが『土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める土の話』のなかで、その前の著書『土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』について以下のように綴っていることだ。

「その頃私は、おそらく一部の同業者にとって許しがたいことをした――土について本を書き、それにDirt(泥)という題をつけたのだ。土壌学者は土を泥と呼ぶことを冒涜だと考える。というのは、土と泥にはきわめて重大な違いがあるからだ。ひとつ例を挙げれば、土には生命が満ちあふれているが、泥は違う。ならばなぜ私のような地質学者が、岩を覆うものの重要性に関して、不敬な題名の本を書いたのか? 私の第一の研究目標は、景観が自然の過程によりどのように形成されるか、それが人間によりどのように変えられるかだが、世界中の景観の発達を調査するうちに、土壌侵食と劣化が人間社会にどのような影響を及ぼすかを認識するようになった」

▼ デイビッド・モントゴメリーが土壌の浸食と劣化の問題について語る。

モントゴメリーの以下の問題提起は、本作にも当てはめることができるだろう。

「私たちはすでに、少なくとも世界の耕作地の三分の一を劣化させてしまった」

「肥沃な耕地が減り続け、一方で世界の人口が増え続けるなら、そう長いあいだ需要を満たすことができるという期待はできない」

「明日の世界をどう養うかを考える上で無視されすぎた要素が、土地に農業生産力を回復させる有力候補なのだ。われわれは本当に荒廃した農地に生産力を取り戻すことができるのだろうか。できるとすればどの程度の規模で――そしてどのくらい早く?」

ジョンとモリーが浸食と劣化の産物である泥と格闘する本作からは、そうした問題提起に対するひとつの答えが見えてくる。

《参照/引用文献》
● 『土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める土の話』デイビッド・モントゴメリー 片岡夏実訳(築地書館、2018年)





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