人身売買で雑役夫となったガーナ人の若者が贋札王コッシ・ザ・ベアに、実話に基づくアキンイェミ・セバスチャン・アキンロポ監督のナイジェリア映画『Coming from Insanity』

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もう何度か取り上げているナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデは、『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』のなかで、アフリカで常に目にする精神、アフリカの苦難から生まれた独特の想像力を”カンジェ”と呼んでいた。彼女がその実例のひとつとして挙げていたのが、ナイジェリアのメール詐欺だ。そうしたサイバー犯罪は、”Yahoo”あるいは”Yahoo Yahoo”、その犯罪者は”Yahoo Boys”と呼ばれた。オロパデはその背景を以下のように説明していた。

「ヤフーボーイズたちには、彼らを犯罪から遠ざけてくれるような小学校の先生、年長の指導者、あるいはシリコンバレーという場所がない。その代わり、彼らは野心と知略、手持ちの道具(自らの知恵も含む)を使って、非難の的にはなるが実入りのいい暮らしを追求するのだ。メールアドレスだけを武器に、彼らは何百万ドルもの金と世界的な悪名を手に入れ、アフリカ全域を苦しめる経済的停滞からの脱出と、ゼロから何かを生み出せることの証明とを同時に達成したのだ」

実話にインスパイアされたアキンイェミ・セバスチャン・アキンロポ監督の長編デビュー作『Coming from Insanity』(2019)の主人公コッシ(ガブリエル・アフォラヤン)は、おそらくヤフーボーイズよりも厳しい環境からスタートし、特別な才能と努力によって大金と悪名を手にする。物語は1995年、12歳の少年コッシが、人身売買によってガーナからナイジェリアに移送され、ラゴスの富裕層の家庭で雑役夫として働き出すところからはじまる。

コッシが働くマーティンズ家には兄のフェミと妹のオインというふたりの子供がいた。フェミはコッシに嫌がらせを繰り返したが、オインとはPCゲームを通して親しくなり、ともに成長し、信頼関係を築いていくことになる。数年後、とにかく大金を稼ぎたいコッシは、ネットで1000万ドルを偽造した男の記事を読んで感化され、100ドル紙幣を徹底的に研究し、偽造の技術を独学で習得していく。だが、見た目は完璧でも、触れて札だと感じる質感がどうしても得られない。そんなとき、オイン(ダミロラ・アデグビテ)が使っているヘアスプレーの効果に気づき、目指していたレベルの贋札が完成する。

ある日、ラゴスの市場を訪れたコッシは、男がリンチに遭っているのを目にする。そばにいた両替商によれば贋札を両替しようとしたのだという。コッシは両替商に100ドル札を渡し、両替を頼む。店に走っていった両替商は、ナイラ札にかえて戻ってきた。コッシは、以前から相談相手だった料理人エマヌエル(アデオル・アデファラシン)とその友人ふたりを仲間に引き入れ、贋札の製造を加速させる。その頃、コッシの主人マーティンズは、コッシを母国に帰す決意をする。なにも知らないオインは悲しむが、コッシは空港に向かうふりをしてラゴスに戻り、豪華な部屋を購入して、仲間たちと豪遊をはじめる。しかし、EFCC(ナイジェリア経済金融犯罪委員会)が動き出し、事件を担当することになったトイ刑事(ウドカ・オイェカ)が、コッシに迫りつつあった。

▼ アキンイェミ・セバスチャン・アキンロポ監督『Coming from Insanity』予告

長編デビュー作だからなのか、監督の本来のスタイルなのか定かではないが、演出は粗削りだし、ストーリーを盛り上げるために実話がフィクション化されているだろうとは思うし、かなり滑稽に見えるアクション(たとえば、剣と銃の対決とか)もあるが、面白いかどうかといえばこれは面白い。普通には欠点に思える要素が、ダヨ・オロパデが”カンジェ”と呼んだアフリカの精神に絡むと、ツボにはまるといえばよいか。

キャラクターの存在感も大きい。特に女性のキャラクターたち。フェミ(ウォレ・オジョ)は、子供の頃からコッシに嫌がらせをしてきたが、そんな彼の恋人ソニア(シャロン・オジャ)は、次第にのし上がっていくコッシに惹かれていき、フェミは屈辱を味わう。トイ刑事はオインに惹かれているが、コッシの秘密を知ったオインは、捜査をかく乱してコッシを守ろうとする。アキンロポ監督はきわどい表現も恐れない。コッシのグループが手を組むことになる闇の大物両替商アブバカル(サニ・ムサ・ダンジャ)は、人身売買の犠牲になった少女たちを囲い、はべらせている(ここらへんの表現がなかなかきわどい)が、そのうちのひとりファティマも終盤で大胆な行動をとる。

さらに男性キャラクターでは、コッシにボディガードとして雇われるロッキー(ボランレ・ニナロウォ)。『Picture Perfect』(2016)で、とんでもなく騒々しくてエキセントリックなジョベを演じ、注目されたニナロウォが、まさかボディガードを通り越して殺し屋に豹変するとは思わなかった。

本作は、アソーフ・オルセイ監督の『Hakkunde』(2017)やアデクンレイ・アデジュイベ監督の『The Delivery Boy』(2018)、あるいはエブカ・ンジョク監督の『Yahoo+』(2021)と同じように、ノリウッドとは一線を画すインディペンデントなスタンスが大きな魅力になっている。

《参照/引用文献》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)




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● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)