アデクンレイ・”ノダシュ”・アデジュイベ監督の『The Delivery Boy』(2018)の上映時間は1時間6分。ドラマの設定も時間が限定され、1日にも満たない。そのあいだに、ふたりの主人公が単に出会うだけでなく、それぞれの人生が深く交わり、運命が変わることになる。その導入部では、緊迫した状況にすぐに引き込まれる。
ふたりの若者が、薄暗くて雑然とした狭い部屋のなかで、腹ごしらえをしている。するとひとりが、汗をかき出し、うろたえて毒を盛られたと言い出す。ところが、もうひとりがまったく反応しないので、彼がなにか薬を仕込んだことがわかる。異変に見舞われた若者は、一度、金庫を開けるが、なにかに気づいたように慌てて閉じ、鍵を奪われないように飲み込み、意識を失う。薬を盛った若者は、金庫(そこには帳簿のようなものが入っている)を諦め、別の場所から爆弾を取り出して体に巻き、一緒にあった札束をバックに入れ、その場をあとにする。
薬は毒物ではなかった。目覚めた若者が連絡をとることで、次第に状況が見えてくる。ふたりは過激派組織のメンバーで、翌日に計画を実行するはずだった自爆テロ要員のアミール(ジャマル・イブラヒム)が、爆弾をもって姿を消した。連絡係のカジーム(チャールズ・エトゥビエビ)は、彼らに指示を出す地区の指導者マラム・サダンに状況を報告し、アミールの行方を追う。
アミールの標的はそのマラム・サダンだったが、居場所がわからない。彼は組織のスカウト役を待ち伏せ、足にナイフを突き刺し、マラム・サダンの居場所を知っているというシスター・ドーカスのもとに案内させようとするが、スカウト役が運転中に出血のために意識を失い、激突して止まる。スカウト役にとどめを刺し、車から飛び出したアミールは、それを目撃していた男たちに追われることになる。このシスター・ドーカスという名前は、その後に起こることの伏線ともいえる。なぜなら、彼女はアミールが育った孤児院の経営者だからだ。
▼ アデクンレイ・アデジュイベ監督『The Delivery Boy』予告1
もうひとつの物語は、停止している車が上下に揺れている場面からはじまる。事が終わると娼婦がドアから乱暴に放り出され、客が投げた紙幣が地面に舞い落ちる。もうひとりの主人公であるその娼婦ンケム(ジェミマ・オスンデ)は、金を拾うと病院に向かい、受付に設置されたチディという患者のための募金箱に金を入れ、また仕事に戻る。彼女の片方の頬には重いやけどの痕があり、髪でそれを隠そうとしている。次に彼女を買った男は、足元を見てひどく値切ったうえに、やり逃げしようとした。ンケムは手近にあった棒で殴りつけ、財布を奪って逃げだす。
そして、ふたりの主人公が出会う。事情は違うが、どちらも追われているアミールとンケム。反対方向から逃げてきたふたりの目に留まるのが、赤いカバーをかけたダンフォ(ミニバス)で、その前で鉢合わせした彼らは、黙ってそこに隠れて向き合い、それぞれの追っ手がダンフォの前を走り抜けていったあとで、彼女のほうから、胸に手をあてて「ンケム」と名乗り、彼も同じように「アミール」と名乗る(古びて裂け目が入った赤いカバーをバックに、シルエットに近いふたりの姿がスタイリッシュで、それまではっきり名前がでてきていないので、名前だけのやりとりというのも渋い)。アミールは、金を見せて、メモにあるシスター・ドーカスの居場所までの案内をンケムに頼み、そこからふたりの運命が複雑に絡み合っていくことになる。
▼ 『The Delivery Boy』予告2
アデクンレイ・アデジュイベ(通称:ナダシュ)監督は、イスラム過激派組織ボコ・ハラムにインスパイアされて本作をつくったという。ボコ・ハラムで思い出されるのは、十年ほど前にナイジェリア北東部で200人以上の女子学生が拉致され、そのなかには自爆テロ要員になることを強要された人たちもいたことだ。しかし本作を観れば、イスラム過激派組織の実態に迫るような作品とは違うことがわかるだろう。
本作で重要なキーワードになるのは性的虐待だ。アミールと彼の案内人となったンケムは、タクシーでシスター・ドーカスの居場所に向かう。そのあいだに、アミールが娼婦を屈辱するような発言をしたことをきっかけに、ンケムが辛い過去を語りだす。病院に入院しているのはンケムの弟で、彼女は高額な手術費を捻出するために娼婦になったが、その背景には性的虐待がある。だが、アミールは、そこにどんな深い事情があっても売春を否定しつづける。
この場面は、さらにストーリーが進んだときに深い意味をもつ。タクシーの場面でアミールは、自分のことはなにも語らなかったが、彼もまた性的虐待によって深い傷を負っていたことがわかる。アミールは、ンケムの事情を否定しつづけながら、その言葉は彼の心に刺さっていた。だから短い時間のなかで、それぞれの人生が深く交わっていくことになる。
ンケムを演じたジェミマ・オスンデは、ジェネヴィーヴ・ンナジが監督・共同脚本・主演を兼ねた『LIONHEART/ライオンハート』(2018)で、主人公アダエゼの秘書を演じていたが、終盤近くなるまで同じ女優だとわからなかった。あらためて調べたら、彼女はモデルでもあり、確かにスタイルが際立っている。ジェミマは本作の演技で、アフリカ映画アカデミー賞(African Movie Academy Awards)の主演女優賞にノミネートされている。
▼ 『The Delivery Boy』について語るアデクンレイ・”ノダシュ”・アデジュイベ監督のインタビュー、極力、言葉に頼らず映像で語るスタイルについても触れている。
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