メガシティ、ラゴスで異なる世界を生きる人物たちが出会い、人生が変わる物語――ナイジェリア映画『Breaded Life』と『Picture Perfect』をつなぐビオダン・スティーブン監督の視点

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たとえば、ボランレ・オーステン=ピーターズ監督の『Collision Course』(2021)では、裕福な家庭に育ち、ミュージシャンを目指して苦闘している若者と生活苦で家庭が崩壊の危機にさらされている警察官の人生が、お互いに最悪のタイミングで交わり、負のスパイラルが巻き起こる。モーゼス・インワン監督の『Lockdown』(2021)では、致死率が高いウイルスに感染した人物が、病院の受付で倒れたときに、たまたま待合室に居合わせた人々が強制的に一室に隔離されることになる。この作品の場合、彼らのほとんどは治療の順番を待つ患者ではない。あるビジネスマンは、轢き逃げに遭った少女を運んできただけだったが、その日に結婚式を挙げるというのに病院を出られなくなる。つまり、直前まで来院の予定もなかったが、急な事情で立ち寄ることになり、そのあとに大切な予定が入っているような人々ということだ。

メガシティ、ラゴスを舞台にした映画の面白さのひとつは、まったく異なる世界を生きる人物たちが、予期せぬ形で出会ってしまい、それぞれの人生が決定的に変わるような設定といえる。

ノリウッドを代表する女性監督ビオダン・スティーブンの『Breaded Life』(2021)にもそれが当てはまる。本作の主人公は、ラゴスの裕福な家庭で何不自由なく育ち、これまで一度も働いたことがなく、ふらふら遊び歩いている25歳のスンミ(ティミニ・エブソン)。それを見かねた母親シミソラ(ティナ・ムバ)は、息子が自立するようはっぱをかけるが、スンミは聞く耳をもたない。

そんなある日、スンミは自分が奇妙な状況に陥っていることに気づく。周囲の誰もが彼のことを知らないといいだす。自分の家にいるはずなのに警察に通報され、路上に放り出される。仕方なく友だちを頼ろうとするが、彼のことがわからず追い払われる。今度はスラム街に向かい、親しかったが最近解雇された門番のイスキーを探すが、見つからない。途方に暮れたスンミが、路傍に座り込んでいると、通りかかったパンの行商人トドウェデ(ビンボ・アデモイェ)が立ち止まり、イスキーの友だちでは?と声をかける。彼女だけが、かろうじてスンミのことを知っていた。

▼ ビオダン・スティーブン監督・脚本『Breaded Life』(2021)予告

実は本作の冒頭は、まだ門番として働いているイスキー(MCライブリー)とパンを売りにきたトドウェデのやりとりから始まる。トドウェデにちょっかいを出したイスキーを、彼女がこっぴどくはねつける。それだけに、スンミに同情したトドウェデが彼を居候として受け入れるものの、彼女は甘くはない。スラム街の狭い部屋なので、スンミは、彼女のマットレスの横にゴザを敷いて寝ることになるが、(予告編の最後にあるように)彼女はその間にこん棒を置き、あんたが欲情したらこれで鎮めると警告する。

トドウェデはスンミに荷物運びの仕事を紹介するが、体力がない彼はすぐにねをあげる。そこで今度はパン工場の仕事を紹介することになるが、本作には、これを知っているとさらに楽しめる要素がある。実は本作は、ビオダン・スティーブンが以前に手がけた作品の世界を引き継いでいる。その作品が、スティーブンの脚本・プロデュースでトペ・アラケが監督した『Picture Perfect』(2016)だ。

『Picture Perfect』の主人公は、仕立屋/ファッション・デザイナーのクンビ(メアリ・ンジョク)。ある晩、顧客に商品を届ける途中、彼女が運転する車が、物騒な地域で故障してしまう。彼女は暗く人気のない場所で、ふたりのごろつきに金をせびられる。そこに通りかかったのが、彼らと顔見知りのジョベ(ボランレ・ニナロウォ)という男。クンビと知り合いのふりをしてふたりを追い払い、彼女のためにタクシーを呼び、朝まで車の番をする。彼もごろつきなので、そのあとで謝礼は要求するが。

▼ トペ・アラケ監督、ビオダン・スティーブン脚本『Picture Perfect』(2016)予告

クンビはこの出来事を”出会い”とは思ってない。ところが、どこから嗅ぎつけてきたのかジョベが現れ、クンビの工房の外にある木陰に居つき、音楽を流してくつろぐようになる。クンビは警察を呼んで彼を追い払う。また戻ってきたジョベは怒り心頭で、工房を壊す勢いだったが、クンビと口論するうちにふたりが実は同郷であることがわかり、少なくとも友だちにはなる。クンビには仕事を通して知り合った恋人がアムステルダムにいて、会いに行く計画を立てている。ところが、クンビの親友キクシー(ビソラ・アイェオラ)が、その恋人が妻子持ちであることを突きとめる。ジョベは、ショックを受けて立ち直れないクンビを励ますために、一緒に街に繰り出し、酒に酔ったふたりは勢いで一夜を共にするが、その先に生きる世界が違うことをめぐる試練が待ち受けている。

では、『Breaded Life』はどのようにそんな『Picture Perfect』の世界を引き継いでいるのか。『Picture Perfect』で注目を集めたのは、ボランレ・ニナロウォ演じるエキセントリックで騒がしいが憎めないジョベの存在感だった。そのジョベがこの『Breaded Life』にも登場し、2作品の世界を結びつけている。

ということで話は『Breaded Life』に戻る。トドウェデがスンミにパン工場の仕事を紹介するために、まずジョベのことを探す。顔が効くジョベに頼んで、パン工場を経営するジュグヌに話を通してもらうのだ。そのジョベが登場する場面に言及する前に、途方に暮れるスンミがトドウェデに出会う場面を振り返っておいてもよいだろう。本作の見所のひとつは、異なる世界を生きる人物たちが繰り広げる会話といえる。

トドウェデに出会ったスンミは、相対的に言えば上品な英語でボソボソしゃべるのに対して、トドウェデはピジン英語とヨルバ語を往復するように早口でまくし立てる。ふたりが、ジョベとその仲間と対面する場面では、そんなコントラストがさらに際立つ。ボソボソしゃべるスンミは、ジョベの仲間から、日本語に置き換えるなら、いきなり「声ちっさ」とツッコまれる。そのあとも、ジョベたちがなにを言っているのかよくわからないまま、とにかく言われたとおりに振る舞う。

本作では、ジョベの出番はそこだけだが、彼が話を通すパン工場の経営者ジュヌグ(ラティーフ・アデディメジ)が、ある意味でそのキャラクターを引き継いでいる。スンミがそのジュヌグと対面したとき、彼はその言葉についていけず困惑しているが、工場で働くうちにピジン英語を使いこなし、ストリートを生きる人間に変貌を遂げていく。やがてジュヌグのパートナーとなったスンミは、トドウェデの誕生日にスマホを贈るが、どうやら彼はそれを以前、記事で取り上げた(文末の関連リンク参照)”コンピュータ・ビレッジ”で入手したようだ。金持ちのお坊ちゃんだったら、そんな世界を知ることはなかっただろう。

本作のオチはシンプルだが、いずれにしてもスンミは、ラゴスで異なる世界を生きる人物との出会いを通して新たな人生を歩みだす。