実話にインスパイアされ、選挙後の民族対立や暴動、警察官による暴力に警鐘を鳴らす――オドンゴ・ロビー監督のケニア映画『Bangarang』

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オドンゴ・ロビー監督の『Bangarang』(2021)は、ニック・レディング監督の『Ni Sisi(英題:It’s Us)』(2013)やジュディ・キビンゲ監督の『Something Necessary』(2013)と同じように、ケニアにおける選挙後の民族対立や暴力を題材にしている。ナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデの『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』では、ケニア人の心に傷痕を残した事件が以下のように説明されている。「2007年のケニアの大統領選、現職のムワイ・キバキと対立候補のライラ・オディンガ、それぞれの支持者たちが何週間ももみあい、約1200人の死者を出し、暴動で35万人が家を失った」。

本作の舞台は、ロビー監督が若いころに住んでいたというケニア西部のキスム。物語は、主人公オティレ(デヴィッド・ウェダ)が両親と夕食を囲んでいるところからはじまる。突然、ドアが激しく叩かれ、父親が出ようとしたところで轟音が響き、彼が血まみれになって倒れる。父親は、選挙後の暴動で正体不明の襲撃者に殺害された。

オティレがどんな立場にあるのかは、大学時代から彼と交際していたダイアナ(ウェンディ・モクア)とのやりとりから見えてくる。オティレはルオ族で、ダイアナはキクユ族。オティレは大学で自動車工学を学び、学位を取得したが、卒業してから10年たってもまだ職探しをしながら、ボダボダライダー(バイクタクシー)で日銭を稼いでいる。それでも、両親の生活が安定していたため、彼は事件が起こるまで平穏に暮らしてきたようだ。

しかし、父親が殺害され、彼のガソリンスタンドが放火され、オティレは変わった。キクユ族であるダイアナと距離を置くようになり、現政権に対する抗議活動の先頭に立つようになった。彼は投石用の石と紐を準備して、警官隊と衝突し、小競り合いを繰り広げる。ダイアナは、学位を取得した彼が中退した人たちと騒ぐ価値があるのかと疑問をぶつけるが、聞く耳を持たない。

ここまで物語を追ったところで、確認すべきことがある。冒頭に描かれていたのは、2007年の選挙後の暴動なのか。『Ni Sisi』や『Something Necessary』のように2013年の作品ならそれもわかるが、2021年製作の本作は間が空きすぎている。ロビー監督によれば、この物語は、2007年、2013年、2017年の選挙後に起きた出来事にインスパイアされているという。そして最後まで観ると、2017年の事件が鉤を握っていることが明らかになる。エンディングに浮かび上がるメッセージで、本作が、2017年の選挙後の暴動のさなかに、警察官によって殺害された生後6か月の”BABY PENDO”に捧げられているからだ。また、2007年ほど大規模ではなくとも、それ以後も選挙後の暴動が起こり、警察官による暴力も問題になっていることを頭に入れておくべきだろう

▼ オドンゴ・ロビー監督『Bangarang』(2021)予告

本作には、その2017年に起きた事件にインスパイアされたエピソードが盛り込まれている。清掃員として働くダン(ダンカン・オチン)と彼の妻(ローズマリー・オディレ)は、まだ幼い赤ん坊ジョイを育てている。夫婦は、妻の4度の流産を乗り越えでやっとその子を授かった。そんな3人家族の運命が、オティレと交錯することになる。

警官隊と衝突し、追われることになったオティレは、住宅密集地を逃げ回ったあげく、ダンの一家が暮らす狭い部屋に紛れ込む。テーブルには食事が置いてあったので、彼はとっさに家の主を装い、食事をしているふりをする。実はそこには直前までダンが座って食事をしていた。ダンは外の騒ぎを耳にして、警察官が捜索にくることを予想し、テーブルの横にあるベッドの下に隠れた。妻と赤ん坊だけであれば、トラブルにはならないと考えたのだ。ところが、そこにオティレが現われた。捜索にきた警察官たちは、オティレに質問するうちに、ベッドの下のダンに気づき、揉み合ううちに警察官のひとりが警棒で赤ん坊のジョイの頭を殴りつける。

オティレは、一家と警察官たちが揉み合うあいだに、その場から立ち去り、あとで赤ん坊が死亡したことを知る。警察は、オティレを赤ん坊を殺害した犯人に仕立て指名手配する。オティレは友人の手引きで、ビーチから小舟に乗り、離党に潜伏する。だが、罪悪感に苛まれる彼は、ラジオで耳にしたニュースから、ある行動に出る。

本作は、オティレと警察官の衝突や対立だけを描いているわけではない。オティレもまた揺れている。抗議活動のさなかに、警察車両が故障して動かなくなったとき、彼は、運転していた警察官を痛めつけようとする仲間を制止し、故障を修理し(彼は自動車工学を学んでいた)、警察官を解放する。一方、警察官のなかにも、市民への暴力や隠蔽を目の当たりにして、反発していくチャールズ巡査(ウィリアム・オチン)のような人物がいる。終盤では、そうした要素がある種の伏線となり、予想された流れとは違った展開をみせることになる。

《参照/引用文献・記事》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)
● 「Meet Self-taught Film Producer and ‘Bangarang’ Writer, Robin Odongo by Richard Kamau | Nairobi Wire




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● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)