この世とあの世の狭間=サバンナに建つロッジに迷い込んだヒロインと自己を見つめ直すことを余儀なくされる人びと――ムビティ・マシャ監督のケニア映画『Kati Kati』

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ムビティ・マシャ監督の『Kati Kati』(2016)については、まずアフリカの映画人を育成するために、ドイツ人の監督トム・ティクヴァによって2008年に設立されたOne Fine Day Filmsとケニアの制作会社が共同で運営する映画ワークショップに触れておくべきだろう。このワークショップから最初に誕生した作品が、以前取り上げたハワ・エスマン監督の『Soul Boy』(2010)、第2弾が、デヴィッド・”トシュ”・ギトンガ監督の『Nairobi Half Life』(2012)だった。

また、数日前に取り上げたジュディ・キビンゲ監督の『Something Necessary』(2013)もOne Fine Day Filmsの支援を受けているが、キビンゲはすでに10年以上のキャリアがあるケニアを代表する女性監督だったので、ワークショップから誕生した作品とまではいえない。

ちゃんと調べてはいないが、ワークショップから誕生した作品としては、まだ取り上げていないサイモン・ムカリ監督の『Veve』(2014)が第3弾、そして本作『Kati Kati』が第4弾になるのではないか。ちなみに、ムビティ・マシャ監督は、ワークショップの2010年のクラスの卒業生であるようだ。

ヒロインのカレチェ(ニョカビ・ゲタイガ)はサバンナのなかで目覚める。病衣をまとう彼女にはまったく記憶がない。戸惑う彼女は、サバンナのなかにポツンと建つロッジに入っていく。そこで過ごす人々のリーダーらしき人物トマ(エルサファン・ンジョラ)が、彼女が死んだことを伝える。そんなことをいわれても受け入れられない彼女は、ロッジから外に走り出すが、見えない壁のようなものに跳ね返され、倒れ込む。周囲にはサバンナの風景が広がっているが、遠くには行けない。

仕方なくロッジに戻った彼女は、すでに死んでいる人々に迎えられる。では、彼女には記憶がないのに、なぜ名前がわかるのか。ロッジの壁には住民のリストがあり、彼女がそこに落ち着くと同時に、カレチェという名前が増えていたのだ。ロッジにはなぜか食料もあり、プールや運動場もあり、みな思い思いに過ごしている。

カレチェもロッジの生活に馴染んでいくが、自然で普通だと思っていたことが他者に影響を及ぼす。カレチェは、大学を卒業する前に死んだ若者マイキー(ポール・オゴラ)と、バスケなどを通して親しくなる。距離が縮まれば、彼がどうして死んだのかを尋ねたくなる。マイキーはリストバンドをめくって、何本もの傷痕を見せる。部屋に戻り、ひとりになったマイキーの前に、母親の幻影が浮かび上がる。彼は卒業前に自殺したが、いまも母親との絆に呪縛されていたが、この晩、ついに母親にしっかりと別れを告げる。そして彼はロッジから姿を消す。

▼ ムビティ・マシャ監督『Kati Kati』(2016)予告

“Kati Kati”とはスワヒリ語で、「中間」を意味するという。ロッジには、まだこの世に思い残すことがある人々がとどまっている。その執着が薄れると次第に体が白くなり、執着がなくなるとどこかに去っていく。カレチェはマイキーのことを理解したかっただけだが、それをきっかけにマイキーはこれまで目を背けてきたことと向き合い、執着を消し去ることになった。

ということは、ロッジにいる誰もがそれぞれに過去から目を背けていることになり、リーダー格のトマには、なにか特別な執着があると想像することができる。そのトマは、カレチェから体の一部が白くなったと聞かされ、彼女とよく話をしていた元司祭のキング(ピーター・ンジオキ)に詰め寄る。そして、カレチェの前で、キングが、選挙後に起こった暴動で信徒たちを見殺しにし、その報復で命を奪われたことを曝露する。本作の舞台は、ケニアと特定されず、曖昧にされているが、このキングの過去は、ニック・レディング監督の『Ni Sisi(英題:It’s Us)』(2013)やジュディ・キビンゲ監督の『Something Necessary』(2013)、あるいはオドンゴ・ロビー監督の『Bangarang』(2021)の題材になっている選挙後の暴力と響き合い、ケニア映画を意識させる。

ただし、本作ではそれはあくまでひとつの要素であり、トマの執着が明らかになるとき、ドラマは急展開をみせる。カレチェも無関係ではなく、最終的にロッジにおける彼女の立場はまったく違ったものになる。

カレチェを演じたニョカビ・ゲタイガは、あまり目立つ役ではなかったが、『Nairobi Half Life』で、ナイロビで活動する劇団のメンバーのひとりを演じていた。One Fine Dayの映画ワークショップとともに成長してきたといえるかもしれない。