以前取り上げたデヴィッド・”トシュ”・ギトンガ監督のケニア映画『Nairobi Half Life』(2012)は、ドイツ人の監督トム・ティクヴァがアフリカの映画人を育成するために立ち上げた映画ワークショップ「One Fine Day」の支援を受け、ティクヴァがプロデューサーとしてクレジットされていた。以前取り上げたニック・レディング監督の『Ni Sisi』(2013)は、2002年にケニアに移住したイギリス人俳優ニック・レディングが人々を教育、啓発するために立ち上げた「SAFE」が制作したストリートシアターを映画化したものだった。
ケニア映画には、海外の映画人の支援を受けて発展してきたという側面があるが、ナイロビ育ちの女性監督ハワ・エスマンの『Soul Boy』(2010)には、そうした関係のひとつの出発点を見ることができる。本作は、まさにティクヴァの映画ワークショップから誕生した。ティクヴァはプロデューサーとしてクレジットされているだけでなく、supervising directorも務め、わずかながらエンディングにも登場する。本作では、レディングが主催する「SAFE」のストリートシアターがドラマに盛り込まれているばかりか、俳優ニック・レディングがキャストのひとりとして出演している。
本作でもうひとつ注目なのは、企画段階のコンセプトとして、アフリカ最大のスラムともいわれるナイロビのキガリスラムのなかで撮影すると決めていたこと。ナイジェリアのラゴスにある水上スラム、マココについては別記事で触れたが、本作はナイロビのスラムを自然なかたちで映し出す作品にもなっている。
キガリスラムに両親と暮らす少年アビラ(サムソン・オディアンボ)は、小さな商店を営む父親(ジョアブ・オゴラ)が、店も開けずに抜け殻のように座り込んでいるのに気づく。商店で以前働いていた男によれば、父親は前夜、悪魔や魔女とも呼ばれるニャワワ(クリスティーン・サヴァネ)と遊んでいて、魂を奪われたという。アビラはなにもわからないままニャワワを捜そうとするが、そんな彼を少女シク(レイラ・ダヤン・オポウ)がつけていた。ルオ族のアビラは以前からキクユ族のシクに好意をもっていたようだが、そのシクがニャワワのことを知っていて、スラムの片隅にある暗い部屋に案内する。
▼ ハワ・エスマン監督『Soul Boy』(2010)予告
ニャワワはアビラに、7つの課題を克服すれば父親の魂を取り戻せると語る。他人になりすまして人々にそれを見せる、他人から盗むことなく他人の借金を返済する、困っている罪人を裁かずに助ける、新たな世界との戦いに挑む、知恵をしぼって他人の命を救う、未知の場所を発見して違いを理解する、最も恐れている巨大な蛇に立ち向かう、という課題だ。では、その課題をどのように見いだせばよいのか。彼女は、その直前に、太陽のように明るく輝くサインが現れると語る。
この課題の件は漠然としているが、アビラがサインを求めてスラムを駆けまわると、なるほどと思えてくる。太陽を模した飾りが光を反射する場所には、住人が集まり、劇団の巡業が行われている。それが、先述したニック・レディングのSAFEによるストリートシアターなのだ。アビラはシクとともに飛び入りで舞台に立ち、AIDSの問題について語り合う。それが「他人になりすまして人々にそれを見せる」ことになる。レディングのSAFEの活動が、巧みにドラマに盛り込まれている。
その舞台の上から、太陽のイメージをプリントしたTシャツを着た男を見かけたアビラは、そのあとをつけ、彼が父親の商店に残した貼り紙で、父親が家賃を滞納していることを知る。するとそこに、男が血相変えて逃げてきて、アビラはとっさに彼を匿う。その直後、男を追う集団が商店の前を走り過ぎる。アビラに救われた男は、盗んだ携帯を彼に渡して去っていく。アビラはその携帯を売って滞納した家賃に充てようとするが、シクに止められる。課題を他言することは禁じられているので、シクはそれを知らないが、アビラが盗品で借金を返していたら、父親の魂は戻らなかっただろう。
その後、アビラは通りで太陽のイメージをプリントした服を着たおばのスーザン(キャサリン・ダマリス)に出会い、彼女を追ってバスに乗る。おばさんは、郊外に住む白人家庭で家政婦をしていて、同行したアビラはそこで大きな課題を克服することになる。その白人家庭の主ブライアンを演じているのが、ニック・レディングなのだ。
監督のハワ・エスマンは、本作をマジック・リアリズムのような物語と説明している。アビラは、課題を克服するまでの限られた時間に、現実と異次元の世界の境界をさまよい、成長を遂げていく。アビラがルオ族でシクがキクユ族であることにも意味がある。2007年~2008年のケニア危機については、『Ni Sisi』を取り上げたときに触れているが、彼らの関係にもそれが意識されている。大統領選挙後の暴動によって、このふたつの民族も対立し、多くの犠牲者が出た。だから、ふたりが協力することには意味がある。アビラはシクにも助けられ、課題を克服していくことで、自己を確立していく。アフリカ最大ともいわれるスラムを舞台にした本作は、そんな通過儀礼を描く神話的物語になっている。
▼ ハワ・エスマンとトム・ティクヴァのインタビュー
《関連リンク》
● 「ナイロビでどん底から這い上がるために窃盗グループと劇団を往復する苦悩が最後の瞬間に集約される――デヴィッド・”トシュ”・ギトンガ監督のケニア映画『Nairobi Half Life』」
● 「2007年~2008年のケニア危機を乗り越えるために生まれた舞台劇の大胆な映画化――ニック・レディング監督のケニア映画『Ni Sisi(英題:It’s Us)』」