脚本家として頭角を現したシャーヒ・カビールは、『Ela Veezha Poonchira』(2022)で監督への進出を果たしたが、その初監督作品では脚本にクレジットされていなかったので、脚本家としては、この『Offcer on Duty』(2025)が、『Nayattu』(2021)以来の新作ということになる。監督は、ジトゥ・アシュラフ(Jithu Ashraf)で、助監督を経てこれが監督デビュー作になる。シャーヒとはけっこう接点があって、『Nayattu』と『Ela Veezha Poonchira』でチーフ助監督を務めていた。そして、公私にわたって瀬戸際まで追い詰められながらも苦闘を繰り広げる警察官ハリシャンカール(ハリ)を演じるのは、『Nayattu』にも出演していたクンチャコ・ボバンだ。
物語は短いプロローグからはじまる。8か月前、ベンガルール郊外のどこかで、カルナタカ州警察のジョセフ警部が、自分の部屋で紙になにかを書こうとしてためらい、首を吊る。それは自殺に見えるが、カメラがパンするとそこに複数の人影が浮かび上がる。
そして現在。主人公は、上司に暴力をふるったために副警視から警部に降格され、新たにアルヴァ警察署の署長に任命されたハリシャンカール(ハリ)。部下とのわずかなやりとりだけでも、気が短く独断的な人物に見える。
復帰早々、署にはバスの車掌チャドラバブと質店のトラブルが持ち込まれる。チャンドラバブは、妻の手術代を工面するために娘に買った金のチェーンネックレスを質入れしようとしたところ、模造品とすり替えられたと訴える。ハリが彼の娘を呼び出して問いただすと、最初は失くしたので模造品を作ったと語るが、さらに追及すると交際していた男が関わっていることを認める。ハリは、彼女が騙されて性的搾取の被害にあい、チェーンネックレスも奪われたと察し、翌日、POCSO(児童性的犯罪からの保護法)で訴えることも視野に、父親を交えて話をすることに決めるが、彼女は父親に知られることを恐れていた。
この案件は一家族の問題に見えるが、その捜査が思いもよらない展開を見せ、ハリを巻きこんでいく。シャーヒの脚本では、主人公が抱えるトラウマが重要な位置を占めているが、本作ではそれがより複雑で緻密、スリリングに描き出されていく。
ハリはチャンドラバブの娘と話したあとすぐに、部下のアントニーとプラヴィーンに模造品の画像を送り、本物が質入れされていないか徹底的に調べさせる。質店を次々にあたり、彼らがついに突きとめると、それと一緒にあとふたつのチェーンネックレスが質入れされていたことがわかる。それらを持ち込んだハシーナという女性は旅行中で連絡がとれなかった。彼らはハリの指示で、他のふたつの購入者を調べ、ひとつは自殺した警察官ジョセフだとわかる。さらに調査をつづけ、もうひとりの購入者が判明したとき、彼らは青ざめる。そして、ハリではなく、彼の上司であるシャーフル副警視に連絡し、シャーフルはその情報をハリには伏せるように指示する。
ところが、伏せられた情報は、まったく異なるかたちですぐに明らかになる。その晩、帰宅したハリに警察署から急ぎの連絡が入り、彼はチャンドラバブの家に急行する。男に騙されたことを父親に知られるのを恐れた彼の娘が、首を吊って自殺したのだ。現場に駆けつけその光景を目の当たりにしたハリには、激しいショックとともにそれと似た光景がよみがえってくる。
そこに挿入されるフラッシュバックは、ハリたちがシャムという犯罪者を追跡し、ついに取り押さえる場面からはじまる。シャムは、トーマスという警部補の娘を騙し、性的搾取によって追い詰め、死に追いやった。トーマスは過去に、16歳の少女をたぶらかしたシャムをPOCSOで訴えたことがあり、その報復として彼の娘が狙われた。シャムの尋問にトーマスが立ち会うことはないが、さらに直前にある事実が発覚する。捜査の指揮をとっていたシャーフルは、ハリの妻ギータに連絡して事情を説明し、理由をつけてハリを自宅に呼び戻すように依頼する。妻からの連絡で家に戻ろうとしたハリは、トーマス警部補が思いつめた様子で警察署に入るのを見て、家に戻らず彼を追いかける。
シャムの尋問中に、いきなりトーマスが乱入し、シャムに飛びかかる。追いかけてきたハリは、他の警察官とともにトーマスを止めようとするが、シャムの言動が気になり、同僚の制止を振り切り、証拠として押収されたノートパソコンを開くと、動画には、トーマスの娘だけでなく、彼自身の娘ニラのあられもない姿が記録されていた。逆上したハリは、シャムに飛びかかり、殴り殺してしまう。その足で自宅に戻ったハリは、止めようとする妻を押しのけ、ニラの部屋の鍵がかかった扉を蹴破るが、彼の目に入ったのは首を吊った娘の姿だった。激しいショックを受けた彼は、その場で卒倒してしまう。
意識を取り戻したハリは、トラウマを抱え、このときに起こったことの記憶を失っていた。シャム殺害については、トーマスがハリをかばい、自ら罪をかぶり刑に服した。シャーフルや同僚、妻ギータは口を閉ざし、ハリはそのまま職務をつづけていた。しかし、首を吊ったチャンドラバブの娘の姿を目の当たりにして、そのときの記憶がよみがえった。
ハリの部下やシャーフルが、3つ目のチェーンネックレスの購入者の情報を問題視し、伏せようとしたのは、それがハリだったからだ。それはおそらくハリがニラに買い与えたもので、そこから記憶がよみがえれば、彼は罪悪感や後悔の念に苛まれることになる。しかし、このようなかたちでチェーンネックレスの情報が出てきたことで、模造品をめぐる些細な問題が大きな広がりをみせ、ハリを巻きこんでいく。
ここまでは全体の3分の1程度の流れだが、いかに複雑で緻密な構成であるのかがわかる。そして、次第にたくさんの謎が浮かび上がる。その巧みな伏線に触れておこう。まず注目する必要があるのは、トーマスの娘が、報復目的でターゲットにされたということだ。では、ハリの娘ニラもなぜ被害にあったのか。ハリとシャムには接点がなかった。バスの車掌チャンドラバブの娘はなぜ狙われたのか。さらに、2つ目のチェーンネックレスでつながるプロローグのジョセフ警部の死、彼は一体なにをしたのか、そこには複数の人影があったので、シャムには仲間がいて、グループで報復を行っていることを示唆している。また、3つのチェーンネックレスを質入れした女性ハシーナは何者なのか。
記憶を取り戻したハリは、公私にわたって窮地に立たされる。チャンドラバブは、ハリが追い詰めたために娘が死んだとして彼を訴えている。ハリの妻ギータも、ニラを追い詰めたハリが許せず、離婚の手続きを進める。そんなとき、罪をかぶって服役していたトーマスが釈放されるが、ある晩、彼と妻を若者たちのグループが訪ねてくる。翌日、夫婦が死んでいるのが発見され、捜査陣は服毒自殺と考えるが、現場を見たハリは殺人であることを見抜く。
そこから、警察官の悪事も含まれる一連の事件の真相究明、謎のグループによる復讐、トラウマを克服するためのハリの試練がからみあうドラマが加速していく。シャーヒの脚本にしては珍しく、激しいアクションも盛り込まれているが、そこは監督ジトゥ・アシュラフのテイストかもしれない。謎のグループの背景が弱いという意見もあるかと思うが、それもトラウマを抱えた主人公の内面をどこまでも掘り下げることにこだわるシャーヒならではかと。
▼ シャーヒの次回作は、満を持して監督・脚本を手がける『Ronth』