ノリウッドの人気女優ナンシー・イシメのイメージをめぐるどうでもいい話――カヨデ・カスム監督のロマンティック・コメディ『Kambili: The Whole 30 Yards』

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監督やジャンルや題材も違うのに、キャスティングやシチュエーションのせいで2本の映画を勝手に関連づけて観てしまうということはままある。最近そういうことになったのが、俳優ラムジー・ノアが監督にも進出した『Living in Bondage』(1992)の続編『Living in Bondage: Breaking Free』(2019)とカヨデ・カスム監督のロマンティック・コメディ『Kambili: The Whole 30 Yards』(2020)の2本だ。

この2作品を結びつけるものといえば、まずは俳優ジデ・ケネ・アチュフシ(別名:スワンキーJKA)の存在。彼は『Living in Bondage: Breaking Free』ではじめて主役に抜擢され、魂を売ってでも成功を手にしようとして追いつめられていくビジネスマン、ンナムディ・オケケを演じ、”Best of Nollywood Awards”の主演男優賞や”Africa Magic Viewers’ Choice Awards (AMVCA) “のトレイルブレイザー(先駆者)賞を受賞した。

▼ “Africa Magic Viewers’ Choice Awards (AMVCA) “でトレイルブレイザー(先駆者)賞を受賞したジネ・ケネ・アチュフシ(スワンキーJKA)

そんなアチュフシは、その翌年に公開されたロマンティック・コメディ『Kambili: The Whole 30 Yards』で、ナンシー・イシメ演じるヒロイン、カンビリの相手役チディを演じた。この2作品で彼の認知度がどれだけ上がったかは、それに前後する出演作と対比してみれば想像できる。筆者が観ているものだけでも3作品にクレジットされてはいるが、思い出すのも難しいような脇役が多かった。

初主演以前では、ジェネヴィーヴ・ンナジ監督・主演の『LIONHEART/ライオンハート』(2018)でレポーター役をやっていたらしいが、思い出せないのでちょい役だったのだろう。主演以後ではまず、モーゼス・インワン監督の群像劇『Lockdown』(2021)。その日に結婚式を挙げることになっているビジネスマン、クンレの介添人サムを演じていて、この役は少なくとも記憶には残っている。あとカヨデ・カスム監督の『Afamefuna』(2022)にもクレジットされてはいるが、どんな役だったのかも定かではない。

ということで2作品は、ジネ・ケネ・アチュフシを通して結びつけることができるが、筆者が注目したいのはそれだけではない。そもそも『Kambili: The Whole 30 Yards』は、ジャンルからいって筆者の趣味ではなく、単独では取り上げなかったと思うが、『Living in Bondage: Breaking Free』を観ていると、ナンシー・イシメとアチュフシというキャスティングがちょっと面白く思えてしまう。というのも、ふたりは時間は短いが『Living~』でも共演しているのだ(「ノリウッドとともに歩んできた俳優ラムジー・ノアが、ノリウッドの出発点となった『Living in Bondage』にオマージュを捧げる初監督作品『Living in Bondage: Breaking Free』」参照)。

▼ ラムジー・ノア監督『Living in Bondage: Breaking Free』(2019)の予告

前の記事で書いたように、アチュフシ演じるンナムディは、オビンナの結婚式でケリーに出会い恋に落ちるが、実はその前に彼にモーションをかけてくるのが、ナンシー・イシメ演じるセクシーなステラなのだ(予告のサムネイルがその場面)。しかしンナムディは、彼女になびかず、ムナチ・アビー演じるどちらかといえば清楚なケリーに惹かれていく。この場面を観ながら、普通に主役を張るような人気女優イシメを、セクシーなイメージだけの当て馬のように使う大御所ラムジー・ノアはやはり大胆というべきか、イシメはこのオファーをどう思っていたのかとか、勝手にあれこれ想像していた。

そのことが頭に残っていると、『Kambili: The Whole 30 Yards』のキャスティングとストーリーには、別な面白さが加わる。

ナイジェリア映画『Kambili:The-Whole-30-Yards』

● ナイジェリア映画『Kambili:The Whole 30 Yards』(2020) カヨデ・カスム監督

本作では、アチュフシは、イシメ演じるヒロイン、カンビリの大親友、彼女がなんでも話せる相談相手のチディを演じる。30歳までに結婚したいカンビリは、度重なる遅刻で上司から停職を命じられ、交際して2年になる本命の彼氏ジョンから、妻に相応しくないと別れを告げられ、家賃の滞納でアパートに入れなくなる。彼女は仕方なく母親シンシア(エルヴィナ・イブル)を頼るが、自由奔放な母親は新しい恋人と盛り上がっているところで長居はできず、ついには大親友チディのところに遠慮なく転がり込むことに。チディにはリンダ(シャロン・オジャ)という彼女がいるが、それでもカンビリを受け入れる。

チディに励まされたカンビリは、買い物癖でため込んだものを処分し、自分のセンスを活かしたギャラリーを立ち上げる。そこに噂を聞きつけたジョンが現れ、ふたりはよりを戻すが、チディの気持ちは変化している。モデルやテレビのパーソナリティとしても活躍するイシメは確かにグラマラスでセクシーだが、本作では、猪突猛進するキュートな小悪魔となって先述した『Living~』の設定にリベンジしているともいえる。

▼ カヨデ・カスム監督『Kambili: The Whole 30 Yards』(2020)の予告

そんな流れでナンシー・イシメのどうでもいい話題をもうふたつ。

前回の記事(「ナイジェリアのメール詐欺とノリウッドの出発点となった『Living in Bondage』にインスパイアされ、成功神話に一石を投じるエブカ・ンジョク監督のスリラー『Yahoo+』」)で、エブカ・ンジョク監督の『Yahoo+』には、緊迫した状況における会話のなかに、オリジナルの『Living in Bondage』のことがタランティーノっぽく埋め込まれていると書いたが、実はもうひとつ、ノリウッド・ネタが盛り込まれている。それがナンシー・イシメのことなのだ。

▼ エブカ・ンジョク監督『Yahoo+』予告編

詳しいことは前回の記事を参照していただければと思うが、それは、娼婦のピノピノと、彼氏のために金が必要で体を売ることを決断した学生カムソが、指定された場所に向かう場面。こんな会話が交わされる。

ピノピノ「自分をセクシーに見せたかったら、ナンシー・イシメのように歩くのよ」
カムソ「ナンシー・イシメ? どんなふうに歩くの?」
ピノピノ「女王みたいに、何百万の兵士を従えた」
カムソ「もうほっといて、ナンシーじゃないから」

もしかするとイシメが出演したどれかの映画が反映されているのかもしれないが、いずれにしても彼女がノリウッドでどのように認知されているのかを垣間見ることができる。

もうひとつの話題は、ご存じの方も多いかと思うが、ナイジェリアで製作された初のNetflixオリジナルドラマ・ミニシリーズ『ブラッド・シスターズ』(2022)。ナンシー・イシメは、ラムジー・ノアと一緒にクレジットされているだけでなく、印象的な共演場面がある。ふたりは、ラゴスにある水上スラム、マココの狭い空間のなかで激しいバトルを繰り広げ、イシメがからくも勝利する。