メガシティ、ラゴスでそれぞれに異なる世界を生きる人々が、悪いときに悪い場所に居合わせてしまう――モーゼス・インワン監督のナイジェリア映画『Lockdown』

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モーゼス・インワン監督のナイジェリア映画『Lockdown』(2021)は、2014年7月にエボラウイルスの感染拡大を未然に防いだ医師アメヨ・アダデヴォの実話にインスパイアされた作品だ。アダデヴォ医師は、リベリアからナイジェリアに入国した患者0号を病院で正確に診断し、隔離した。但し、本作ではアダデヴォ医師は必ずしも主人公ではないし、名前も変えられて、まったく異なる視点から状況を描く作品になっている。この実話は、すでにスティーヴ・グーカス監督によって『93 days』(2016)として映画化されているので、作り手は実話そのものよりも、設定に関心があったのだろう。

先に断っておくと、本作は映画としての出来は決してよいとはいえない。だが、導入部はかなり見応えがある。群像劇であり、メガシティ、ラゴスを舞台に、それぞれにまったく異なる世界を生きる人々の行動が、並行して描かれていく。そして、そんな導入部が一段落するところで、これがけっこうトリッキーな構成だったことに気づく。

ビジネスマンのクンレはその日、投資会議と自身の結婚式という多忙なスケジュールを抱え、介添人でもあるサムが運転する車で会議に向かっていたが、目の前で轢き逃げを目撃し、負傷した少女を車に乗せ、最寄りの病院を探す。スラム街で無為な生活を送る若者サニーは、宝くじが大当たりするが、父親と喜びを爆発させたはずみで、腕に深い傷を負ってしまい、近所の薬局に駆け込むが出血は止まらず、病院を探すことに。就活中の若い女性アンジェラは、面接の順番を待つあいだに診断書が必要なことを知り、近くの病院を探す(データベースに登録していて、すぐに発行してもらえるらしい)。初老の配達員マーティンスは、給料を受け取るためだけに会社に立ち寄り、すぐに重病の妻に付き添う予定だったが、上司から、覚えのない未配送の荷物がひとつあるといわれ、仕方なくそれを届けることに。その配送先は病院で、医師に直接手渡しするという指示があった。

さらに、そんな人々のなかには、ラゴスで重要な会議に出席するために、リベリアを発ってムルタラ・モハンマド国際空港に降り立った(患者0号になる)オマールも含まれている。迎えの車に乗り込んだオマールは、頭痛や悪寒に見舞われ、運転手に最寄りの病院に向かうように指示する。

病院の待合室では、それぞれの事情でやってきたクンレとサム、サニー、アンジェラ、マーティンが待たされるあいだに、オマールが到着する。容態が悪化している彼は、受付で激しく嘔吐して倒れ、運ばれる。検査の結果、致死性の高いホロウイルスに感染していることが判明する。そして、オマールとともに、待合室に居合わせた人々も潜伏期間が過ぎるまで21日間も隔離されることになってしまう。

▼ モーゼス・インワン監督『Lockdown』予告編

ここで導入部が一段落し、先述したようにトリッキーな構成だったことに気づく。普通に考えるなら、待合室にいる人々の多くは、もともと来院を予定していて、診断の順番を待つ患者たちだろうが、本作では違う。他に重要な予定がある人物たちが、やむをえない事情で立ち寄っただけだったはずなのに、想像を絶する事態に巻き込まれる。クンレの新婦の家庭は裕福で、盛大な結婚式を準備していた。サニーの宝くじは4日以内に換金しなければ無効になる。アンジェラは面接の機会を失う。マーティンスは妻のために薬を買わなければならない。

現実的には、ここまでの偶然はありえない。だが、なにが起ころうとしているのかわからないまま、並行してスピーディーに進行する導入部のドラマを見ていると、ぐいぐい引き込まれる。そこで見逃せないのは、やはり舞台がラゴスというメガシティであることだろう。ここでもまた、歴史家ベン・ウィルソンの『メトロポリス興亡史』から、以下の記述を引用しておきたい。

「ラゴスでは、ロンドンの三分の二の面積に、ロンドンの三倍近い人口が押し込められていた。今世紀半ばには世界最大の都市になると予測され、二〇四〇年には人口が二倍の四〇〇〇万人を超え、その後も驚異的なスピードで増え続けると言われている。二〇一八年には、都市部のナイジェリア人の数が農村部のナイジェリア人の数を抜いた。二〇三〇年までに、アフリカは都市人口が過半数を占める最後の大陸となる。これは、われわれ人類の歴史上、極めて重要かつ運命的な瞬間だ。
 広大で、底知れず、騒がしく、汚く、混沌として、過密で、エネルギッシュで、危険なラゴスは、まさに現代の都市化の最悪の特徴を表しているが、同時にそれは最良の特徴もいくつか示している」

以前の記事で取り上げたボランレ・オーステン=ピーターズ監督のナイジェリア映画『Collision Course』(2021)では、そんなラゴスを舞台にした24時間のドラマのなかで、現実の壁にぶつかっている若いミュージシャンと生活苦で家族崩壊の危機にさらされている警察官の人生が、それぞれに精神的に最悪のタイミングで交差し、負のスパイラルに巻き込まれる。モーゼス・インワン監督も本作の導入部で、ラゴスの異なる世界を生き、出会うこともない人々の人生を交差させる。そのトリッキーな構成は鮮やかだが、登場人物たちが病院内で隔離されたあとのドラマは、失速していく。それがラゴスというメガシティの魅力を、逆説的に物語っているともいえる。

《参照/引用文献》
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)




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