ナイジェリア、イボ族のふたつの伝統:カヨデ・カスム監督の『Afamefuna』とジェネヴィーヴ・ンナジ監督の『ライオンハート』に描かれる”Nwa-Boi”と”Umu-Ada”の比較

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カヨデ・カスム監督のナイジェリア映画『Afamefuna: An Nwa-Boi Story』(2023)については、以前の記事で取り上げたことがあるが(「ヘイミシュ・マクレイ著『2050年の世界』が予測するナイジェリアの台頭とカヨデ・カスム監督のナイジェリア映画『Afamefuna』が描くイボ族の徒弟制度について」参照)、ここではそのときに触れなかった部分に注目するために再度、取り上げる。

『Afamefuna』ポスター

● ナイジェリア映画『Afamefuna』カヨデ・カスム監督

本作は、ナイジェリアの三大民族のひとつであるイボ族の伝統、”Nwa-Boi”と呼ばれるイボ族の徒弟制度(Igbo apprenticeship system)を題材にしている。この制度では、家庭が貧しく、子供に教育を施す余裕がない親が、成功したビジネスオーナーと交渉して、子供をオーナーに預ける。見習いとなった子供は、一定の期間、オーナーのもとで働き、起業家としての基本的なスキルを身に着け、卒業したら、オーナーが弟子に企業するための資本を提供したり、顧客の一部を譲ったりする。その弟子が起業に成功すると、今度は見習いを受け入れるオーナーになり、サイクルが繰り返されていく。

本作では、そのNwa-Boi制度が、成功したビジネスマンである主人公アファメフナが、ある事件をきっかけに過去を回想するかたちで描かれていく。それはアファメフナがまだ17歳のときのこと。彼の父親はすでに他界していて、田舎の村で育ったアファメフナは、母親に連れられて大都会ラゴスにやってくる。母親は、同じ村の出身で、ラゴスで建築資材を扱うビジネスで成功したオドグーと交渉し、アファメフナを彼に預ける。オドグーは、見習いの先輩であるポールにアファメフナの指導を任せ、ふたりは兄弟のように絆を深めていくが…。

▼ カヨデ・カスム監督『Afamefuna』予告

ここまでは以前の記事でも書いたことだが、その回想のなかに印象に残る場面がある。アファメフナが働きはじめて間もなく、オドグーの姪であるンネカがおじに挨拶にやってくる。オドグーとそのンネカの会話から、彼女がこれまで長く海外(おそらくアメリカかイギリス)で暮らし、少しずつイボ語を覚え、ナイジェリアでの生活に馴染もうとしていることがわかる。そんな彼女はおじにある質問をする。ここで働いている徒弟はどうして男性ばかりで、女性がひとりもいないのか? オドグーは笑いながら、いい質問だと言って、われわれの伝統では、女性は徒弟として働くことはできないと答える。ここはもっと掘り下げてもいいのではと思えるが、それだけで終わってしまう。

では、イボ族の伝統はすべて家父長制に基づいているのか。そこで注目したいのが、Nwa-Boiとは違うイボ族のもうひとつの伝統だ。それが見られるのが、ジェネヴィーヴ・ンナジが監督・共同脚本・主演を兼ねたナイジェリア映画『LIONHEART/ライオンハート』(2018)だ。

ナイジェリア映画『LIONHEART/ライオンハート』

● ナイジェリア映画『LIONHEART/ライオンハート』(2018) ジェネヴィーヴ・ンナジ監督

舞台はナイジェリア南東部、イボ族が多く暮らすイボランドの拠点ともいえるエヌグ。主人公は、父親である社長チーフ・オビアグの右腕として大手バス会社「ライオンハート交通」を支えている娘のアダエゼ。その経営陣が、エヌグ州の新しいバス高速輸送システム(BRT)の契約をとるために、他社と競争を繰り広げているときに、社長が軽い心臓発作を起こし、療養を余儀なくされる。アダエゼは自身が代理を任せられると思っていたが、社長が代理に指名したのは、彼の弟で、オウェリ本部の取締役を務めるゴッズウィルだった。彼女はそんな人事をしぶしぶ受け入れるが、父親が契約をとるために銀行から多額の融資を受け、その返済期日が迫っていることが発覚する。経営陣には内紛が起こり、最大のライバルであるIGモーターズの社長が、ライオンハート交通を買収しようと乗り込んでくる。

本作は、女社長を目指す主人公アダエゼが、家父長制が根深くはびこる業界のなかで奮闘する単純な物語のように見られかねないが、そこには”Umu-Ada”というイボ族のもうひとつの伝統が埋め込まれている。イボ語で、Umuは大雑把には人々を、Adaは長女を意味するという。それを合わせたUmu-Adaは、長女友愛会や長女同胞団になる。イボ族の伝統や文化は家父長制に基づいているが、家族単位では長女の助言が重視され、コミュニティの監視や紛争の調停などでも重要な役割を果たすという。そうした伝統を引き継ぐ長女が簡単に識別できるように、その名前には「Ada」が含まれるが、本作の主人公の名前アダエゼ(Adaeze)にも確かにAdaが含まれている。

▼ ジェネヴィーヴ・ンナジ監督『LIONHEART/ライオンハート』予告

そうしたことを頭に入れておくと、本作のドラマはより興味深く思える。たとえば冒頭のエピソードだ。ライオンハート交通本社に隣接するバスターミナルに男たちが押し寄せ、暴動を起こそうとする。秘書が慌ててアダエゼを呼んでくる。アダエゼは荒くれ者たちにひるむことなく向き合い、言葉で説き伏せ、事態を収拾する。この場面は、彼女の経営者としての手腕を強調したいのであれば、トラブルの背景をもう少し明らかにし、駆け引きを描くだろう。しかし、男たちのリーダーが、イボ語で「アメリカ帰りの金持ちのお嬢ちゃん、お前らのやり方はこれか? ナイジェリアじゃ通用しねえ」と挑発するのに対して、アダエゼは、「ナイジェリア人って言った? 愛国心があるなら人間らしく話に来なさい」と突き返し、黙らせる。この場面では、ビジネスというよりはむしろコミュニティの紛争を解決する者としての彼女の存在が印象づけられている。

アダエゼには、オビオラという弟がいる。彼は音楽の道に進み、会社の経営には関わっていない。会社の社長代理がゴッズウィルと発表されたあとで、アダエゼは母親に、もし父親の右腕がオビオラだったらこんな人事にはなっていないと愚痴る。だが、自分が女性だからと考えているのは彼女だけで、父親も母親もゴッズウィルおじさんも弟も、アダエゼを評価していること、彼女が特別なポジションにあると考えていることはすぐにわかる。

そして、終盤にさしかかるところで、父親がアダエゼに贈る言葉に、Umu-Adaが集約されているともいえる。「お前が生まれるまで8年待った。不安な気持ちだったよ。でもお前は私に誇りと喜びを運んでくれた。成長を見るうちにお前の才能を確信したよ。私の残す最大の遺産はお前だ、娘よ」

『Afamefuna: An Nwa-Boi Story』に描かれるNwa-Boiと『LIONHEART/ライオンハート』に描かれるUmu-Ada。このイボ族のふたつの伝統は対照的だが、それぞれの制度は土地と深く関わっているようにも思える。『Afamefuna』の舞台はラゴスで、このドラマでは、ビジネスと家族やコミュニティや土地は切り離されているように見える。これに対して『ライオンハート』の舞台は先述したようにイボランドの拠点といえるエヌグであり、ドラマでもビジネスと家族やコミュニティや土地が密接に結びついている。だから家父長制に基づく世界ではあっても、Umu-Adaのような伝統が引き継がれているのだろう。