[読みたい本についてのメモ] スティーヴン・マークリー(Stephen Markley)は、1983年、米オハイオ州マウントバーノン生まれの作家/ジャーナリスト。アイオワ・ライターズ・ワークショップを卒業。『Publish This Book』(2010)や『Tales of Iceland』(2013)などのノンフィクションを手がけ、その後2018年に長編デビュー作『Ohio』を発表。『The Deluge』(2023)はそれにつづく2作目の長編になる。以前、カナダの作家、マイケル・クリスティを取り上げたことがあるが(「山林王、環境活動家、大工職人、樹木学者など、それぞれに森林や樹木と関わってきた4世代にわたるグリーンウッド家の物語――マイケル・クリスティ著『Greenwood』についてのメモ」参照)、彼はCBCのインタビューで(「Vancouver Island author Michael Christie on writing a global bestseller, eco anxiety and Canada Reads」)、オススメの本として本書をあげていた。「友人が書いた『The Deluge』」と語っているので、ふたりには交流があるようだ。
『The Deluge』は、ほぼ900ページという長大なクライファイ(気候変動フィクション)。2013年から2040年代まで、気候変動をめぐるアメリカの変化が、立場の異なる多彩な登場人物の視点で重層的に描き出されていく。
主要な登場人物は、カリフォルニアで海底のメタンハイドレートの相転移を研究している科学者トニー・ピエトラス、オハイオ州の田舎で麻薬中毒からの更生の途上にあったにもかかわらず、知らず知らずのうちに「6Degrees」と呼ばれるエコテロリストのグループに加担してしまうジョン・ジェラルド(別名キーパー)、化石燃料反対派に対抗する石油業界のためにロビー活動を行う広告会社のクリエイティブディレクター、ジャッキー・シップマン、神経発達障害を患う数学者で、スポーツ賭博から気候変動を解明するためのモデル化に乗り出す予測分析の天才アシール・アル・ハサン、かつて有名な俳優だったが、極右の熱狂的支持者へと転身を果たす通称”牧師”、そしてワイオミング州の山中で気候変動に取り組む急進的なプロジェクトを開始する大胆不敵な若き環境活動家ケイト・モリスと彼女のパートナーで作家を目指すマットなど。
メキシコ湾岸からロサンゼルス、中西部からワシントンDCまで、舞台を変えながら登場人物たちが絡み合っていく。ケイト・モリスについては、パートナーのマットの視点のみで描かれ、麻薬中毒のジョン・ジェラルドの物語はすべて二人称で描かれるなど、登場人物によってその視点の表現が一人称、二人称、三人称などに変化する。30年の間には、アメリカ各地で洪水、ハリケーン、火災、熱波、食糧不足が発生し、政治的な対立が激化し、テロや弾圧が繰り広げられる。
このような概要は、キム・スタンリー・ロビンスンのクライファイ『未来省』を連想させる(『未来省』については、「キム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』とアンドレアス・マルムの『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』を結びつける”ラディカル派効果”について」参照)。ロビンスンは、2000年代に発表した「Science in the Capital三部作[『Forty Signs of Rain』(2004年)、『Fifty Degrees Below』(2005年)、『Sixty Days and Counting』(2007年)、後に再構成して『Green Earth』(2015年)として発表]」でも気候変動を扱っている。その三部作は、舞台がほぼアメリカに限定され、地球規模の問題を描き切れなかったため、『未来省』では世界に視野を広げ、2025年から2050年代にいたる変化が描かれる。ただし、物語の軸になるのは、未来省の事務局長に就任したアイルランド人女性メアリー・マーフィーと大熱波の地獄から奇跡的に生還したフランク・メイのふたりで、視点の一貫性を重視したのか、メアリー・マーフィーの地位がこれだけの長期間変わらないなど、いくらか不自然に感じられる部分もあった。
これに対して、『The Deluge』は、舞台がほぼアメリカに限定され、中国などはまったく出てこないようだが、サンプルを読んだ限りでは、先述したように立場が異なる多彩な登場人物それぞれについて、その背景まで細かく描かれ、『未来省』とはまた違ったリアリティを感じる。先のことになりそうだが、読んだらまた記事にまとめることにしたい。
≪参照/引用文献≫
● 『The Deluge』Stephen Markley (Simon & Schuster, 2023)
● 『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン 瀬尾具実子訳(パーソナルメディア、2023年)
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● 『The Deluge』Stephen Markley (Simon & Schuster, 2023)
● 『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン 瀬尾具実子訳(パーソナルメディア、2023年)