[読みたい本についてのメモ] マイケル・クリスティ(Michael Christie)は、カナダ、オンタリオ州サンダーベイで生まれ育った。『Greenwood』(2019)は、短編集『The Beggar’s Garden』(2011)、長編デビュー作『If I Fall, if I Die』(2015)につづく2作目の長編小説になる。
リチャード・パワーズが2018年に発表した『オーバーストーリー』と比較されることもあるように、『Greenwood』の物語も「木」が中心に据えられている。ペーパーバックで512ページの長編。
この小説では、主に5つの時代を背景として1908年から近未来の2038年に至る130年間の物語が綴られるが、前半では過去から未来へと進むのではなく、2038年から2008年、1974年、1934年、1908年へと時代をさかのぼりつつ4世代にわたる家族をめぐる謎が提示され、後半ではその流れが逆転し、時系列にしたがって真相が明らかにされていく。登場人物はみなそれぞれに異なるかたちで森林や樹木と関わりをもっている。1908年と1934年に登場するハリス・グリーンウッドは、森林の伐採で財を成した山林王。1974年に登場するハリスの娘のウィロー・グリーンウッドは、森林の伐採機を破壊しようとするラディカルな環境活動家。2008年に登場するウィローの息子リアム・グリーンウッドは才能ある大工職人。そして2038年に登場するリアムの娘ジャシンダ・グリーンウッド(通称ジェイク)は樹木学者だ。
こうして要約すると4世代の家族の関係はシンプルに見えるが、1本の木と他の木が根を通して密接に結びついているように、この家系も見えないところで絡み合い、複雑な関係が潜んでいるようだ。
ということで、試しにKindle版のサンプルを読んでみた。
先述したように、物語の始まりは近未来の2038年。舞台は、カナダ、ブリティッシュコロンビア州の太平洋沿岸沖に浮かぶ森林に覆われたグリーンウッド島。そこは世界中の埃まみれの都市から裕福な人々がやってくる高級リゾート“グリーンウッド樹木大聖堂”になっている。なぜ世界中の都市が埃まみれなのかはすぐにわかる。10年前(ということは2028年)に発生した、原因がはっきりとはわからない“大枯れ(the Great Withering)”によって、世界中の森林が次々と枯死していき、剥き出しになった大地は乾き、砂埃が舞う過酷な環境に変貌を遂げていたからだ。大枯れを免れたグリーンウッド島には、樹齢1200年以上の巨木が残り、裕福な人々だけがそれを拝むことができた。
ジャシンダ・グリーンウッド、通称ジェイクは、かつてブリティッシュコロンビア大学やユトレヒト大学で学び、博士号を取得した樹木学者だったが、大枯れで経済が崩壊し、膨大な学生ローンを返済するために、この高級リゾートで森林ガイドとして働くことを余儀なくされている。ある日、そんな彼女の前にかつて婚約者だったサイラスが現れる。生物学を捨てて弁護士となっていたサイラスの目的は、樹木大聖堂があるこのグリーンウッド島がジェイクのものであるかどうかを明らかにすることだった。ジェイクには、父親リアムの記憶すらほとんどなく、島の名前と自分のラストネームの一致も偶然と考えていたため、戸惑いを隠せないが、そこから物語は時代をさかのぼっていくことになる。
▼ 『Greenwood』について語るマイケル・クリスティのインタビュー
クリスティはバンクーバーの沖合に浮かぶガリアーノ島で暮らしている。その島に生えているウエスタンレッドシダー(米杉)が、気候変動や干ばつのストレスによって枯れ始めているという。『Greenwood』で2028年に発生する大枯れは、SFではなく、そんな現実の延長線上にある。また、別の比較的新しいあるインタビューでは、カナダの森林生態学者、ブリティッシュコロンビア大学森林学部教授のスザンヌ・シマードが書いた『マザーツリー~森に隠された「知性」をめぐる冒険』が愛読書で、3回も読んだと語っている。この動画でバンクーバーの科学者と言っているのはおそらくシマードのことで、クリスティはこの本が出版される前から彼女の研究を知っていて、それが小説にも反映されている。
リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』と同時期に、木を中心に据えたこのような物語を構想し、書き上げていたことも興味深く、いずれ読んだらあらためて記事にしたい。
《参照/引用文献》
● 『Greenwood』(ペーパーバック版)Michael Christie(Scribe Publications、2021)
● 『Greenwood』(Kindle版)Michael Christie (Hogarth, 2020)
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● 『Greenwood』(ペーパーバック版)Michael Christie(Scribe Publications、2021)
● 『Greenwood』(Kindle版)Michael Christie (Hogarth, 2020)
● 『オーバーストーリー』 リチャード・パワーズ、木原善彦訳 (新潮社、2019年)
● 『マザーツリー~森に隠された「知性」をめぐる冒険』スザンヌ・シマード、三木直子訳(ダイヤモンド社、2023年)