ジャーナリスト、ダヨ・オロパデが『アフリカ 希望の大陸』で指摘しているアフリカの精神”カンジュ”とノリウッドの出発点となった映画『Living in Bondage』(1992)について

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ナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデが2014年に発表した『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』は、家族を中心とした社会的な絆、デジタル革命、商取引、食糧と資源、新世代などを通して新たなアフリカ像を描こうとするノンフィクションだ。

『アフリカ 希望の大陸』ダヨ・オロパデ

● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著

そのなかでオロパデは、アフリカで常に目にする精神を”カンジュ”と呼んでいる。それは、ナイジェリアの言語のひとつであるヨルバ語で、直訳すれば「焦る」「急ぐ」で、意味合いとしては「精を出す」「努力する」「ノウハウ」「やりくり」といったことを示唆する。アフリカの苦難から生まれた、独特の創造力のことだ。

但し、カンジュと呼んでいないだけで、これまでにもその精神については記事で触れている。たとえば、ベン・ウィルソンは『メトロポリス興亡史』で、ラゴスで毎日、「ゴー・スロー」と呼ばれるすさまじい渋滞が発生する際には、行商人がどこからともなく現れ、あらゆるものを売ることに言及し、「ラゴスの『ゴー・スロー』渋滞は多くの人にとって悪夢だが、他の人々にとってはとてつもないビジネスチャンスである」と書いていた(「マココ、コンピュータ・ビレッジ、ダンフォ、エコ・アトランティックなどから、ナイジェリアのメガシティ、ラゴスの現在と未来を展望する――ベン・ウィルソン著『メトロポリス興亡史』」参照)。

オロパデは、それをカンジュの一例として、以下のように説明している。「『カンジュ』のおかげで、私はアフリカでの渋滞がそれほど苦にならない。露天商たちにしてみれば、ゆっくりとしか動かない何千台という車の列は、このうえない商売のチャンスだ。『ゴー・スロー』と呼ばれるラッシュアワーには、水や果物、野菜、スナック菓子、携帯電話の通話時間や充電器、ときには生きた動物までもが車の窓越しに買える(さすがのアマゾンもここまではできないだろう)。彼らの売る子ども服や花火に興味があるわけではないが、車で旅をしているとアフリカにおける商業活動の力強さを垣間見ることができる。もうこれ以上見るものはないだろうと思ったその矢先、頭の上にコート掛けを載せて売っている女性が現れたりするのだ」

そして、オロパデによれば、いまやハリウッドやボリウッドと並び称されるまでに成長したナイジェリアの映画産業”ノリウッド”の誕生もカンジュ抜きには語れない。それは、ケネス・ンネブエという人物がつくった1本の映画からはじまった。本書ではそれが以下のように説明されている。

▼ 『Living in Bondage(捕らわれの生)』(1992)の予告

「芸術界の革命を引き起こす前のンネブエは、ラゴス在住の家電販売業者だった。あるとき、彼は何千本もの空のVHSテープの在庫を抱えてしまった。友人を数人集め、安物のビデオカメラを手に、ンネブエはそのテープを有効活用しようと、ショートフィルムを撮影して空テープにダビングした。そうして生まれたのが『捕らわれの生』、一生分の莫大な富と引き換えに妻を殺し、その後不幸な妻の亡霊にずっと「捕らわれて」生きることになる男の物語だ。
 1992年に公開されたこのベタな筋書きのイボ語映画がヒットしたのは偶然だった。だがこのヒットは、ハリウッドがサイレントからトーキーへ、あるいはモノクロからカラーへと移行したときくらいの破壊的な影響力を持っていた。既存の国営映画館や興行界は、それまでに存在した規模から考えるとはるかに大きなチャンスを見つけたのだ。ナイジェリア人は、自分たちが映画になっているのを観て大喜びした。もちろん、ンネブエのビデオテープの在庫は完売した。それだけではない。彼は三億人を楽しませる市場を切り開いたのだ」

このオロパデの説明には、ショートフィルムとあるが、実際の『Living in Bondage』は160分以上ある。さらに、ずぶの素人が集まって撮影したような印象を与えるが、ンネブエが映画をつくることを思い立つ以前に、オケチュク・オグンジオフォー(Okechukwu Ogunjiofor)が書いた脚本が存在していた。オグンジオフォーはそれを映画化したいと思っていたが、資金がなかったため、ンネブエと組むことにして、ビデオカメラで撮影することにした。

オグンジオフォーが書いたストーリーについては、「一生分の莫大な富と引き換えに妻を殺し」だけではよくわからないので補足しておきたい。主人公のビジネスマン、アンディ・オケケ(ケネス・オコンクォ)は、妻のメリットと暮らしているが、なにをやってもうまくいかない。秘書として働くメリットは、そんな夫を献身的に支えているが、生活は苦しい。アンディはある日、旧友のピーターと再会する。ビジネスマンとして成功したピーターは、高い外車を何台も所有するなど贅沢な暮らしをしている。アンディはそんなピーターに誘われ、パーティに参加するうちに、これまで以上に成功に執着するようになる。一方、メリットは上司からのセクハラに耐えかね会社を辞める。夫が遊び歩いているのも知らない彼女は、実家から金を借りて、健気に夫を支えようとする。アンディは、ピーターがカルト教団に入って成功を手にしたことを知り、自分も入信するが、そのあとで、成功の代償が、自分が最も愛する者を生贄にすることだと知り、思い悩んだ末に妻を差し出してしまう。悪魔に魂を売ったアンディは、妻の亡霊に付きまとわれるようになる。

『Living in Bondage』のイノベーションは、大きくふたつに分けられるだろう。ひとつはビデオ作品として流通させたこと。オロパデの本書が発表されたのは2014年だが、その時点までのノリウッド映画の状況が以下のように説明されている。

「ノリウッドの映画や連続メロドラマは、安く制作されてホームビデオとして地元だけで販売される(銀幕デビューを果たすのはごく一握りの作品だけだ)」

「VHSデッキを持っていた人が、少しずつだが、DVDプレーヤーも買えるようになってきてはいる。だがほとんどの場合、映画は公共の場で、共同で、テレビのある売店や「ビデオ喫茶」、居酒屋などでなければ観られない。1980年代から2004年まで、ラゴスには映画館が一軒もなかったのだ。アフリカのほかの地域、特に大都市郊外では、期間限定で村に移動映画館がやってきては、旅芸人の公演のようにして欧米映画やアフリカ映画を上映していた。非公式な配給方法のほうが主流だった」

もうひとつは、やはりストーリーではないかと思える。『Living in Bondage』は、たとえば、ピーターからパーティに招待されたアンディが、そこで出会った女性とダンスを踊る場面が延々とつづくなど、全体にだらだらと長いことは否めないが、どんな手段を使っても成功を手にするとか、成功か愛の二者択一という要素は、オロパデが指摘するカンジュとあながち無関係ではないのではないか。ノリウッド映画には、そんな要素がいろいろかたちを変えて表れてくる。このドラマはそのルーツになっているような気がする。

《参照/引用文献》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)




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● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン著、森夏樹訳(青土社、2023年)