ナイジェリアの警察組織の腐敗体質については、以前の記事「現実の壁にぶつかるミュージシャンと生活苦で迷走する警官の人生が交錯する、”End SARS”運動にインスパイアされた24時間のドラマ、ナイジェリア映画『Collision Course』」や「第三本土橋、ゴー・スロー(渋滞)、警察組織の腐敗――ナイジェリア出身のオインカン・ブレイスウェイトのミステリ『マイ・シスター、シリアルキラー』に見るメガシティ、ラゴス」などで触れている。
『Catch.er』(2017)や『愛しいサンデー』(2023)で知られるウォルター・テイラー監督の『Jolly Roger』(2022)もその問題を扱っている。
物語は、ふたりの警察官が夜間に名ばかりの検問で賄賂を徴収している場面から始まる。彼らは主人公ブルーメが運転する車を止め、乗り込む。ブルーメのノートパソコンを調べ、大物をつかまえたことに満足し、家に案内するよう命じる。ブルーメはなぜか抵抗することもなくそれに従う。豪華な応接室に通された警察官たちは、ソファで皮算用に浮かれる。ブルーメは彼らにシャンパンまで振る舞う。それから間もなく、3人は意識がもうろうとし、次々にソファや床に倒れ込む。警察官のぼやけていく視界にガスマスクをつけた人物の姿が浮かび上がる。警察官が意識を取り戻すと、彼らは手錠で家具につながれ、動きがとれなくなっている。
本作は冒頭から意表を突く展開をみせる。一連の出来事はブルーメと友人ダミーが仕掛けた罠だった。ガスマスクをつけていたのがダミーで、ブルーメがガスを吸いこむことも想定されたことだった。ブルーメは明らかにふたりの警察官に強い恨みを抱いているが、原因はすぐにはわからない。そこからドラマには頻繁にフラッシュバックが挿入されるようになり、6年前から現在に至る出来事の断片が見えてくる。まず、ブルーメと妻ナジテ、彼らの友人ダミー、そしてブルーメの母親の関係が描かれ、その先で、警察官たちがブルーメになにをしたのかが明らかにされる。
本作は、その前年に公開された共通する問題を扱うボランレ・オーステン=ピーターズ監督の『Collision Course』(2021)と比較してみることもできる。『Collision Course』の場合は、壁にぶつかっている若いミュージシャン、ミデと、悪に染まってはいないが、腐敗した組織のなかで自分を見失っていく警察官マグナスが、最悪のタイミングで検問で遭遇してしまい、負のスパイラルに巻き込まれていく。ちなみに、ミデを演じたのは、本作でブルーメを演じているダニエル・エティム・エフィオンで、この俳優は、同時期に警察官とのトラブルに巻き込まれる人物をつづけて演じていることになる。
▼ ボランレ・オーステン=ピーターズ監督『Collision Course』予告編
『Collision Course』では、ミデとマグナス双方の背景が、1日のドラマのなかで描き出され、本来なら検問と賄賂で接触するだけの関係だったはずが、それを超えて人生が交錯することで、お互いの運命が決定的に変わってしまう。そんな展開を通して、それぞれの環境や葛藤が対置される。
本作では、描かれるのはブルーメの背景だけだが、その内容とフラッシュバックを多用する構成が次第に嚙み合わなくなる。ブルーメと妻ナジテは、不妊という壁にぶつかっていた。彼らの友人ダミーは医者であり、彼らに不妊治療を施していた。ブルーメの母親は、原因はナジテにあると勝手に考え、伝統的な食事療法を押しつけていた。やがてナジテは妊娠するが、そこで問題が発生する。
▼ ウォルター・テイラー監督『Jolly Roger』(2022)予告編
ナジテの妊娠をめぐる問題と警察官とのトラブルはまったく別の事柄であって、それぞれに解決するなり、決着をつけるなりしなければならない。しかし本作では、独自の構成のなかでふたつを結びつけ、クライマックスに持ち込もうとする。そうなるとどうしても警察組織の腐敗体質への視点がぼやけてしまう。
『Collision Course』は、”End SARS”運動にインスパイアされてつくられた。そのきっかけは、SARS(特別強盗対策部隊)の警察官が、若者を射殺し、彼のレクサスSUVを奪った事件で、それを撮影した動画がSNSで拡散され、大規模な抗議行動がナイジェリア全土に広がり、暴動や治安部隊との衝突にまでエスカレートした。
本作でふたりの警察官が起こした事件は、それ以上に罪深いもので、個人的な復讐以前に暴動が起こっていてもおかしくはない。ウォルター・テイラー監督と脚本のトゥンデ・アパロウォはそんな事件を、夫婦が抱える妊娠の問題と密接に結びつけようとした。飛び抜けた才能を駆使すればそれも可能なのかもしれないが、無理をすれば空回りに陥っていくことになる。
関連リンク
● 「現実の壁にぶつかるミュージシャンと生活苦で迷走する警官の人生が交錯する、”End SARS”運動にインスパイアされた24時間のドラマ、ナイジェリア映画『Collision Course』」
● 「第三本土橋、ゴー・スロー(渋滞)、警察組織の腐敗――ナイジェリア出身のオインカン・ブレイスウェイトのミステリ『マイ・シスター、シリアルキラー』に見るメガシティ、ラゴス」