描きたかったのは、暴力的な夫の脅威に晒される妻の心理か、夫婦をめぐる複数の男女の騙し合いか――トペ・オシン監督のナイジェリア映画『In Line』

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以前の記事で『北へ(原題:Up North)』(2018)を取り上げた女性監督トペ・オシンの『In Line』(2017)の短いレビュー。

物語は、刑務所に収監されていた夫デボが釈放され、自宅に戻ってくるところからはじまる。自宅には友人たちが集まり、釈放を祝うが、妻ケイトは複雑な表情を浮かべている。デボは実の父親を殺した罪で収監されていた。ケイトは、夫婦で立ち上げた広告代理店を、夫が不在の6年間、ひとりで守り、発展させてきた。

ケイトは夫と寝ることを拒み、どこかよそよそしい態度をとり、仕事を優先する。デボは妻の浮気を疑い、彼女が遅い時間に誰かと電話で親しげに話しているのを目にすると、背後から近づきいきなり首を絞めるようなことも起こる。次第に過去にもケイトが嫉妬深く暴力的な夫に傷つけられてきたことが明らかになる。本作の前半部は、夫の脅威にさらされる妻の心理を炙り出すスリラーのように見える。トペ・オシン監督は、『北へ』でも、イスラム社会における女性の立場に光をあてているように、家父長制やジェンダー、DVなどの問題を積極的に扱っている。

▼ トペ・オシン監督『In Line』(2017)予告

妻ケイトを演じるのはアデスア・エトミ。『北へ』にも出演していて、主人公バッシー(バンキー・ウェリントン)をバウチ州の世界に導くサディーク(イブラヒム・スレイマン)の恋人で、宗教指導者の娘であるゼイナブを演じていた。ちなみに、エトミは、2017年にバンキー・ウェリントン(ミュージシャン/ラッパーとしてはバンキー・W)と結婚している。夫デボを演じるのはウゾル・アルクウェ。これまで取り上げた作品では、カヨデ・カスム監督のロマンティック・コメディ『Kambili: The Whole 30 Yards』(2020)で、ヒロイン、カンビリ(ナンシー・イシメ)の母親シンシア(エルヴィナ・イブル)の婚約者バンコレを演じていた。アルクウェは肉体派といってもよいのだろう。『Kambili~』では、そのムキムキぶりがコミカルな要素になっていたが、本作では、脅威あるいは凶器となる。

しかし、前半部に感じられた心理的なスリラーの雰囲気が途中で変わる。デボは、かつての恋人で私立探偵のベラ(シカ・オセイ)を強引に説き伏せ、彼女はメイドになりすまして夫婦の自宅に入り込み、ケイトをスパイする。ケイトの生活からは、デボの親友で弁護士のデヴィッド(クリス・アトー)との親密な関係が浮かび上がる。さらにデボの母親(ティナ・ムバ)が登場し、デボとの会話を通して釈放の背景が見えてくる。デボは大統領の恩赦で6年で出られたが、母親が代償を払って裏から手を回していた(ティナ・ムバといえば、ビオダン・スティーブン監督の『Breaded Life』で、主人公スンミの母親を演じていたのを思い出す)。

後半は、夫婦をめぐる複数の男女の騙し合いとなり、最後にどんでん返しが待ち受ける。こういう構成にすると、個人の葛藤を炙り出すことと、水面下の駆け引きを描くことのバランスが難しくなる。