以前取り上げた『Maami』(2011)につづいてトゥンデ・ケラニ(通称TK)監督が手がけた『Dazzling Mirage』(2014)は、女性作家Olayinka Abimbola Egbokhareの同名小説の映画化だ。その題材は鎌状赤血球症(Sickle cell disease)。遺伝性の疾患で、赤血球が鎌状に変形して酸素を運ぶ機能が阻害され、激痛や貧血を引き起こし、死に至ることもある。アフリカ、特にナイジェリアでは、他のどの国よりも多くの人が鎌状赤血球症に罹患しているという。本作のエンディングで提示されるデータによれば、ナイジェリアでは毎年、鎌状赤血球症の赤ん坊が15万人も誕生し、多くは5歳までに命を落とし、それを越えても治癒の望もなく痛みと生きるしかない。
さらに偏見にもさらされる。筆者がすぐに思い出すのは、アソーフ・オルセイ監督の『Hakkunde』(2017)だ。主人公アカンデがカドゥナ州で出会う女性アイシャは、夫が次々に亡くなったために魔女とみなされ、村八分にされている。その夫たちの死因は鎌状赤血球症だった。
本作『Dazzling Mirage』のヒロインは、鎌状赤血球症の症状に悩まされながら広告代理店で働く若い女性フンミウォ(ケミ・”ララ”・アキンドジュ)。彼女は疾患が原因で、キャリア、恋愛、家族をめぐって分岐点に立たされる。仕事では、クライアントとの重要な打ち合わせの最中に痛みに襲われ、席を外すようなことが起こり、社長のドトゥン(クンレ・アフォラヤン)が彼女を解雇しようとする。しかし、副社長のランレ(ヨミ・ファシュ・ランソ)が社長を説得し、とりあえず降格扱いで仕事をつづけられることになる。
フンミウォには、サンヤ(セウン・アキンデレ)という恋人がいるが、交際は順調とはいえない。サンヤの母親(タイウォ・アジャイ=リセ)は、疾患を抱えるフンミウォを嫌い、平気で息子に別の女性を紹介しようとする。サンヤ自身も、フンミウォの疾患が重荷になり、職場のアシスタント、タデ(カビラ・カフィディペ)の存在が慰めになっている。
▼ トゥンデ・ケラニ監督『Dazzling Mirage』(2014)予告
そして、フンミウォと両親の関係も見逃せない。両親とのあいだには溝がある。フンミウォの父親フェミ(ビンボ・マヌエル)は医師で、彼と母親ロラ(カロル・キング)は、結婚した時点で遺伝子スクリーニングを行っていた。ということは、鎌状赤血球症の赤ん坊が生まれる可能性が高いことを知りながら子供をつくったことになる。フンミウォはこれまで抱え込んできた疑問を両親にぶつけ、そこで秘密が明らかにされることになる。
ケラニ監督の前作『Maami』は、イングランドのアーセナルFCで成功を収めたナイジェリア出身のサッカー選手、カシマウォが、母国に戻り、母親の記憶をたぐり、過去を旅することで、父親を含めた過去に決着をつけ、自己を確立する通過儀礼の物語になっていた。本作には、分岐点に立たされたフンミウォが、夕日のなかに神々しいお顔を幻視し、それにひかれるように湖に入り、溺れかける場面がある。湖畔の管理人に助けられた彼女は、それをきっかけに鎌状赤血球症患者のサポートグループに参加し、その活動の先頭に立つことで、仕事、恋人、両親と正面から向き合い、自己を確立していく。本作もまた通過儀礼の物語と見ることができるだろう。
《関連リンク》
● 「母親の記憶をたぐり、アイデンティティを確立していくサッカー選手、邪悪なものから息子を守る母親像――トゥンデ・ケラニ監督のナイジェリア映画『Maami』」
● 「仕事がない若者の目を通して見たナイジェリア社会、クラウドファンディングの試みとインディペンデントな精神――アソーフ・オルセイ監督の長編デビュー作『Hakkunde』」