ノリウッド映画のパターンのひとつに、メガシティ、ラゴスでまったく異なる世界を生きている人物たちが予期せぬ形で出会い、人生が変わっていくという物語がある。すでにそうした作品を何本か取り上げているが、エケイ・メイソン監督の『Elevator Baby』(2019)は、ビオダン・スティーブン監督の『Breaded Life』(2021)と大きな共通点がある。『Elevator Baby』のほうが先に作られているので、スティーブン監督が本作にインスパイアされたところもあるかもしれないと思える。
『Breaded Life』の主人公は、ラゴスの裕福な家庭で何不自由なく育ち、これまで一度も働いたことがなく、ふらふら遊び歩いている25歳のスンミ(ティミニ・エブソン)。それを見かねた母親シミソラ(ティナ・ムバ)は、息子が自立するようはっぱをかけるが、スンミは聞く耳をもたない。ところがある日、彼は、家族や友人など周囲の誰もが彼のことをまったく認識できない奇妙な状況に陥り、侵入者として屋敷から追い出されてしまう。ただひとり彼のことを覚えていたのは、パンの行商人トドウェデ(ビンボ・アデモイェ)で、スンミは、スラム街にある彼女の家の居候となり、パン工場で働きながらストリートの生き方を身につけ、成長を遂げていく。つまり、そんな体験が自己を確立するための通過儀礼となる。
『Elevator Baby』の主人公は、ラゴスの裕福な家庭に暮らし、大学の工学部を出たものの仕事についたことはなく、親の金で無職の仲間たちと飲み歩いている若者ダレ(ティミニ・エブソン)。彼には、家族に関していまだ乗り越えられない出来事がある。彼の父親は車を運転中に意識を失い、事故死した。その車に同乗していたダレは、父親の死を引きずり、医師(イェミ・ソラデ)と再婚した母親(シャフィ・ベロ)を許すことができなかった。息子に自立してほしい母親は、彼のカードを停止し、ダレは仕方なく独力で就職活動をはじめるが、経験のない人間はなかなか受け入れられない。そんなある日、面接のために訪れたビルで予想もしない事件が起こる。
もうおわかりかと思うが、この2作品では、共通点のある主人公をどちらもティミニ・エブソンが演じているのだが、そのことについてはまた後述することにして、事件に話をすすめたい。
▼ エケイ・メイソン監督の『Elevator Baby』(2019)予告
記事のタイトルが示唆するように、ダレは妊婦とエレベーターに閉じ込められるのだが、そこまでの過程がなかなか面白い。ダレは昇りのエレベーターで、妊婦のアビゲイル(トイン・エイブラハム)と乗り合わせる。エレベーターが動き出したとき、アビゲイルがバランスを崩し、持っていたコーラを少しこぼし、ダレのシャツにかけてしまう。シャツが台無しだと怒るダレに、アビゲイルは最初は謝っているが、熱湯や酸をかけたわけじゃないと開き直り、売り言葉に買い言葉で激しい口論になる。アビゲイルが先に降りるまで、ののしり合いがつづく。トイン・エイブラハムは、アソーフ・オルセイ監督の『Hakkunde』(2017)でも、4年間仕事がない兄をけちょんけちょんにこき下ろす場面が印象に残っているが、ここでもそんな個性を発揮している。
ところが、ダレとアビゲイルの予期せぬ出会いはそれで終わらなかった。またも面接が空振りに終わったダレが、エレベーターで下っていると、途中でまたもアビゲイルが乗り込んでくる。それは最悪のタイミングといえるが、さらに下りだしたときに停電が発生し、エレベーターが停止してしまう。その上、アビゲイルが必死に助けを求めているうちに、陣痛がはじまってしまう。
本作には、ナイジェリアやラゴスをめぐるさまざまな問題が盛り込まれている。ダレの就活や無職の仲間たちは、先述した『Hakknde』と同じように就職難に光をあてている。ラゴスのゴー・スロー渋滞については、以前の記事でも触れているが、本作では、緊急事態に対して救助が遅れる原因になる。そればかりか、メンテナンス担当者が、渋滞していないのに渋滞を口実に仕事を先延ばしにするエピソードまで盛り込まれている。アビゲイルは、貧しい家事労働者で、そのビルにオフィスを構える経営者夫人にある告白をするためにそこを訪れたのだが、そこには根深くはびこる家父長制の問題が垣間見える。
しかしやはり最も興味深いのは、ラゴスでまったく異なる世界を生きるダレとアビゲイルが出会って、人生が変わることだ。母親と対立しているダレが、ののしり合いを演じたアビゲイルと向き合い、赤ん坊を取り上げることを余儀なくされる状況に直面するというのは象徴的でもある。それがダレにとっての通過儀礼になるが、義父が医師という設定がなければ、成り立たなかっただろう。
これは筆者の勝手な想像だが、ビオダン・スティーブン監督は、このダレとアビゲイルの関係が気に入って、わざわざティミニ・エブソンを起用して、自立できない裕福な若者とパンの行商人トドウェデの物語を思いついたのではないだろうか。ティミニの演技は、本作では粗削りなところがキャラクターにはまっているが、『Breaded Life』では幅が広がってきたように見える。
《関連リンク》
● 「メガシティ、ラゴスで異なる世界を生きる人物たちが出会い、人生が変わる物語――ナイジェリア映画『Breaded Life』と『Picture Perfect』をつなぐビオダン・スティーブン監督の視点」
● 「仕事がない若者の目を通して見たナイジェリア社会、クラウドファンディングの試みとインディペンデントな精神――アソーフ・オルセイ監督の長編デビュー作『Hakkunde』」
● 「マココ、コンピュータ・ビレッジ、ダンフォ、エコ・アトランティックなどから、ナイジェリアのメガシティ、ラゴスの現在と未来を展望する――ベン・ウィルソン著『メトロポリス興亡史』」