イギリスの歴史家ベン・ウィルソンが2020年に発表した『メトロポリス興亡史』では、ウルク、バビロンから、ローマ、バグダッド、アムステルダム、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてラゴスまで、最古の都市からいままさに爆発的な成長を遂げている都市まで、さまざまなメトロポリスに光があてられている。そのなかでここで注目するのは、今世紀半ばには世界最大の都市になると予測されているナイジェリアのメガシティ、ラゴスだ。
ナイジェリアの人口が2050年には4億人になり、インドと中国に次ぐ世界3位になると予測されていることは、以前の記事「ヘイミシュ・マクレイ著『2050年の世界』が予測するナイジェリアの台頭とカヨデ・カスム監督のナイジェリア映画『Afamefuna』が描くイボ族の徒弟制度について」で触れた。当然のことながら、ナイジェリアの中心であるラゴスの人口も、以下の記述にあるように、これから先さらに膨れ上がることになる。
「ラゴスでは、ロンドンの三分の二の面積に、ロンドンの三倍近い人口が押し込められていた。今世紀半ばには世界最大の都市になると予測され、二〇四〇年には人口が二倍の四〇〇〇万人を超え、その後も驚異的なスピードで増え続けると言われている。二〇一八年には、都市部のナイジェリア人の数が農村部のナイジェリア人の数を抜いた。二〇三〇年までに、アフリカは都市人口が過半数を占める最後の大陸となる。これは、われわれ人類の歴史上、極めて重要かつ運命的な瞬間だ。
広大で、底知れず、騒がしく、汚く、混沌として、過密で、エネルギッシュで、危険なラゴスは、まさに現代の都市化の最悪の特徴を表しているが、同時にそれは最良の特徴もいくつか示している」
そんなラゴスに話を進める前に、ウィルソンがメトロポリスにどんな関心を持っているのかを確認しておくと、それは以下のような記述に表れている。「この本は、単に壮大な建物や都市計画について書かれたものではなく、都市に定住した人々や、彼らが都市生活の圧力釜に対処し、その中で生き延びるために発見した方法について書かれたものだ」。言葉を変えると、フォーマル経済だけでなく、インフォーマル経済も重視し、その相互作用に関心を持っている、と言ってもよいだろう。
そこでまずは、ラゴスのインフォーマル経済を代表するものとして、「マココ」、「オティグバ・コンピュータ・ビレッジ」、「ダンフォ」に注目してみたい。
ラゴスにある水上スラム、マココ(Makoko)については、以前の記事「ヘイミシュ・マクレイが『2050年の世界』で注目する”アングロ圏”の台頭とナイジェリア人作家のクライファイ(気候変動フィクション)隆盛の予感」で少しだけ触れている。新設されたクライメート・フィクション賞(The Climate Fiction Prize)の候補にもなっているナイジェリア出身の女性作家チオマ・オケレケの『Water Baby』(2024)が、マココを舞台にしているのだ。本書でウィルソンがマココに言及するひとつ前の文章には、彼のスラムに対する考え方が表れているので、それも含めて引用したい。
「人々は常に都市に移り住み、非公式で認知されていない「グレーゾーン」で生計を立ててきた。しかし、今日の違いはその規模と激しさだ。何百万人もの人々が密集しているところでは、活動やイノベーションの規模は幾何学級数的に大きくなる。ラゴス、ムンバイ、マニラ、ダッカ、リオなどのスラムは、地球上で最も革新的で創造的な人間の生態系の一部である。生き残りの術はそこにかかっている。誰も彼らを助けようとしない。
ラゴスのスラム街のシンボルであるマココは、汚染されたラグーン上に杭で支えられた小屋からなるスラムで、見た目もひどく、都市のディストピアに関する無数の記事の挿絵に使われている。しかし、あまり知られてないことだが、マココには儲かる木材の積み替え市場があり、多数の製材所がある。マココが水上にあるのは、ビジネスチャンスを生かすためだ。ある製材業者は『ナイジェリアン・ガーディアン』紙にこう語っている。「私たちの多くは家を建て、子供を大学にやり、ジープを持っている」。だが、さらに多くの人々は、創造を絶するほど貧しく、ごく最近この街に移住してきた人たちだ。しかし、マココの製材所は、少なくとも彼らに都会への道筋と、住むに足る場所を提供している」
▼ 「マココの中心部に迫る|ようこそラゴスへ|Part 2|ドキュメンタリー・セントラル」
マココを題材にしたこの動画は、ウィルソンの文章を補完してくれる。マココと木材の集積場や製材所がいかに密接に結びつき、地方から出てきた若者がそこに吸収され、最低限の技能を身につけていく過程がよくわかる。さらに、住人たちのDIYのパワーにも圧倒される。動画に登場するある住人は、隣人たちからゴミを集め、それでラグーンを埋め立て、その上に土やおが屑を重ね、土地を作ってしまう。と同時に、家の前に生け簀を作って、魚を養殖する。ラグーンは汚染されているので、そこで魚を育てるのは危険だが、とにかく彼らは逞しい。
オティグバ・コンピュータ・ビレッジについては、以下のように説明されている。
「ラゴスのムルタラ・モハンマド空港近くのイケジャ地区にあるオティグバ・コンピュータ・ビレッジは、一平方キロメートルの閉所的なエリアに客引き、商人、詐欺師、技術者、ソフトウェアエンジニア、フリーランスIT専門家、車、ダンフォ、食べ物屋、行商人、キーボードの山、ケーブル、画面の山などがひしめいており、インフォーマル部門の活力を最も示す例の一つである。一見すると、アフリカの他の活気あるインフォーマルな商品市場と同じように見える。しかし、ここにはそれ以上のものがある。
西アフリカ最大のガジェット市場であるこの活気ある無秩序なハイテク村では、八〇〇〇を超える大企業、中小企業、個人事業主、二万四〇〇〇人の商人とオタクが、修理・再利用した機器とともに、最新のスマートフォン、ラップトップ、アクセサリーを販売している。彼らは画面の修理、ソフトウェアのアップグレード、データ復旧、マザーボードの修理を行う。大手ハイテク企業は、個人事業主や職人とともに、最良の価格を提示し、年間二〇億ドルもの売上高を獲得しようと競い合っていた。オフィスや小屋から路上に出て、クリエイティブなセールストークで大勢のお客の目を引く。小さな店や傘立て、車のボンネットの上で機器を修理してくれる技術者がいる一方で、スマートで最新式のショールームもある。市内、ナイジェリア、アフリカなど、各地から顧客がやってくる。そして、最新のアイフォーンや古くなったマウスをめぐって、激しい駆け引きが繰り広げられる」
▼ 「ナイジェリア、ラゴスの悪名高いコンピュータ・ビレッジを訪問」
ウィルソンが関心を持っているのは、そんなハイテク村がどのように誕生したのかということだ。
「オティグバ・コンピュータ・ビレッジは、誰も計画しなかったし、確かに五〇〇万ドル以上という驚異的な日商を予想した人もいなかった。元々は住宅地だった所に、一九九〇年代にはタイプライターの修理業者が集まってきて、その技術者たちが一〇年後、ITの世界に飛び込んだ。そして、二〇〇〇年代に入ると、ガジェット、ソフトウェア、アイデアなどを交換するために人々が集まり、クラスター効果が急速に高まった。パソコンの普及と、二〇〇一年にナイジェリアにGSM(デジタル携帯電話に使われている無線通信方式の一つ)が導入されたことで、市場は爆発的に拡大した」
ダンフォについては、以下のように説明されている。
「DIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)セクターは、アフリカの都市のニーズの七五パーセントを満たしている。DIYはラゴスを養い、移動させる。何千台ものボロボロで危険な黄色いミニバス「ダンフォ」が市内を走り回り、通常の集中バスサービスでは再現できないような複雑なパターンで人々を運んだ。ある運転手がナイジェリアの新聞に語ったところによると、ダンフォは「ラゴスの奥深くまで入っていって人々を引き上げ」、必要な場所に連れて行くのだという」
▼ ナイジェリアのラゴス、ダンフォのドライバーの語られざる物語
さらにもうひとつ、通勤地獄をビジネスチャンスにする行商人にも注目しておきたい。
「ラゴスでは、毎日の通勤は「ゴー・スロー」と呼ばれる。朝四時からオフィスへ向かう人々は、比較的短い距離でも渋滞に巻き込まれ、カタツムリのようなスピードで三時間もかかってしまう。二〇一〇年、渋滞のために失われた労働時間は年間三〇億時間と推定されたが、一〇年後にはもっと多くなっていることだろう」
「最も顕著なのは行商人である。冷たい飲み物、落花生、ヤムイモ、アゲゲパン、ローストコーン、テレフォンカードや充電器など、すぐに役立つものから、帽子掛け、空気でふくらませて使うおもちゃ、リロ(ダッチオーブン)、アイロン台、ほうき、ボードゲームなど、場当たり的でしばしば奇妙なものまで、交通量が減ると、どこからともなく現れてはありとあらゆるものを売っている。ラゴスの「ゴー・スロー」渋滞は多くの人にとって悪夢だが、他の人々にとってはとてつもないビジネスチャンスである」
▼ ナイジェリアのラゴス、ゴー・スロー渋滞に現れる行商人たち
マココやオティグバ・コンピュータ・ビレッジ、ダンフォや行商人が形づくるインフォーマルシティに対して、フォーマルシティとしてのラゴスを象徴するのが、「エコ・アトランティック」という巨大開発プロジェクトだろう。
「ラゴスのエコ・アトランティックは、かつてラゴスで最も人気のあったビーチの上に建設されている。二五万人のための都市の中の都市を作るために公共の場が人々から奪われた。銀行、金融会社、法律事務所、その他の多国籍企業の本社、超富裕層の超高層アパートメント、エリート観光客向けの高級ホテルなど、アフリカの巨大都市にミニ・ドバイを作るためのプライベートシティになるだろう。
エコ・アトランティックは、海面上昇の危険にさらされつつ、海を埋め立ててでも、雑多で混沌とした都市から、防備の整った私的な砦に逃げ込みたいという願望を端的に表している。ラゴスを「アフリカのモデル的巨大都市であり、世界的な経済・金融の中心地」に変貌させようという富裕層と中産階級の焦りは深刻だ。優先されるのは、街の一部をその願望にふさわしいものに作り上げることのようだ」
▼ エコ・アトランティックシティ|アフリカのドバイ
それでは、インフォーマルシティとフォーマルシティは、相互にどのような影響を及ぼしていくのか。場合によっては、インフォーマルシティが排除されていく可能性もある。すでにそれが起こった地域もある。
「二〇一七年には、三〇万人が住むラグーンの水上インフォーマル居住地のいくつかが、環境と安全上の懸念を理由に撤去された、または撤去されようとしていると主張された。本当の理由は、これら古代の村の跡地が水辺の高級マンションに生まれ変わったときに明らかになった。同様に、有名なオショーディ市場も取り壊され、多車線の高速道路と交通ターミナルが建設された。空港の近くにあり、観光客の目につきやすかったこの市場は、秩序を求める公的な願望と相反する自然発生的な都市のカオスを象徴しているように思われた。貧しい人々は、ラゴスの新しいイメージに反しているように見える」
そして、オティグバ・コンピュータ・ビレッジやダンフォもやがて排除されるかもしれない。
「ラゴスのような野心的な都市では、インフォーマルな居住地やインフォーマル経済はしばしば恥ずべきもの、後進性の証拠、一掃されるべきものとみなされる。(中略)ラゴスの何百万人もの露天商は、その起業家精神のために何カ月も刑務所に入れられることになる。(中略)ラゴス自体の非公式なシンボルである悪臭を放つミニバスのダンフォは、住民の移動を支えているが、やがて段階的に廃止されつつあり、代わりに「世界クラスの大量輸送システム」が導入されると約束されている。ラゴス市長のアキンウンミ・アンボデにとって、ダンフォは、この混沌とした都市とそれが世界に示すイメージに関して彼が嫌うすべてのものの象徴だった。「ラゴスを真の巨大都市にするという私の夢は、ラゴスの道路にこの黄色いバスが存在する限り実現しない」。非常に革新的なオティグバ・コンピュータ・ビレッジでさえ閉鎖の危機に直面していて、州政府はその機能をグローバル都市にふさわしく高速道路に近い郊外の平凡なビジネスパークに移転させようとしている」
ラゴスが今後もエネルギーと創造性を生み出しつづけるかどうかは、この都市の発展の原動力となったインフォーマル経済とフォーマル経済がどんな相互作用を及ぼしていくかにかかっている。
《参照/引用文献》
● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)
● 『Water Baby』Chioma Okereke (Quercus Publishing Plc, 2024)
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● 『メトロポリス興亡史』ベン・ウィルソン、森夏樹訳(青土社、2023年)
● 『Water Baby』Chioma Okereke (Quercus Publishing Plc, 2024)