ヘイミシュ・マクレイが『2050年の世界』で注目する”アングロ圏”の台頭とナイジェリア人作家のクライファイ(気候変動フィクション)隆盛の予感

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新設されたクライメート・フィクション賞(The Climate Fiction Prize)については、以前の記事「降り続く雨、沈みゆく世界、建築家の父の死と三姉妹の秘密、気候変動が加速する近未来に『リア王』を読み直す――ジュリア・アームフィールド著『Private Rites』についてのメモ」で少しだけ触れた。昨年の11月に発表された候補作は9作品。それを列記すると以下のようになる。

ジュリア・アームフィールド著『Private Rites』、カリアン・ブラッドリー著『The Ministry of Time』、アビ・ダレ著『And So I Roar』、ロズ・ディニーン著『Briefly Very Beautiful』、サマンサ・ハーヴェイ著『Orbital』、テア・オブレヒト著『The Morningside』、チオマ・オケレケ著『Water Baby』、ナターシャ・プリー著『The Mars House』、アレクシス・ライト著『Praiseworthy』。

『And-So-I-Roar』アビ・ダレ

『And So I Roar』アビ・ダレ著

このリストで個人的に興味深かったのは、9作品の著者のなかにアビ・ダレとチオマ・オケレケというナイジェリア出身の作家がふたりも含まれていることだ。他にも、カンボジア人の血を引くカリアン・ブラッドリーや旧ユーゴスラビアのベオグラード生まれのテア・オブレヒト、オーストラリアの先住民ワーニィ族出身のアレクシス・ライトなど、作家たちの出身地やルーツはそれなりに多様だが、それでもふたりのナイジェリア人作家の存在は際立っている。

そこでまずは、ふたりのプロフィールを確認しておきたい。

アビ・ダレ(Abi Dare)は、ナイジェリアのラゴスで生まれ育ち、地元の大学で学んでからイギリスにわたり、ウォルバーハンプトン大学で法学の学位、グラスゴー・カレドニアン大学で国際プロジェクトマネジメントの修士号、ロンドン大学バークベック校でクリエイティブライティングの修士号を取得した。現在は、家族とともにエセックスに住んでいる。2020年に発表した長編デビュー作『The Girl with the Louding Voice』は国際的なベストセラーになり、21の言語に翻訳されている。今回、候補になった『And So I Roar』(2024)は2作目の長編で、1作目の続編でもある。

『Water-Baby』チオマ・オケレケ

● 『Water Baby』チオマ・オケレケ著

アビ・ダレはまた、2023年に、ナイジェリアの恵まれない地域の女性や少女に奨学金やエンパワーメントプログラムを提供するThe Louding Voice Foundationを設立してもいる。

チオマ・オケレケ(Chima Okereke)は、ナイジェリアのベニンシティ生まれ。6歳のときにイギリスに移住し、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで法学士の学位を取得した。2010年に発表した長編デビュー作『Bitter Leaf』は、コモンウェルス作家賞の最終候補に残り、短編小説「Trompette De La Mort」は、第1回コスタ短編小説賞で準優勝に輝いた。今回、候補になった『Water Baby』(2024)は2作目の長編になる。その舞台は、ラゴスにあるマココという水上スラムで、このコミュニティの窮状に心を動かされたオケレケは、慈善団体マココ・パールズ(Makoko Pearls)を設立し、経済的な支援を行っている。

ふたりのプロフィールを確認したところで注目したいのが、ジャーナリストのヘイミシュ・マクレイが2022年に発表した『2050年の世界――見えない未来の考え方』だ。本書を読むと、彼女たちの作品が候補になっていることが、ナイジェリアという国の状況と深く結びつき、ナイジェリアの未来を象徴しているようにも思えてくる。その結びつきは、大きく分けて、三つの要素がポイントになる。

『2050年の世界 見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ

● 『2050年の世界 見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ著

まず、人口動態や若さと経済発展。ナイジェリアはアフリカでいちばん人口が多い。本書の執筆時における人口は2億700万人で、年齢の中央値は18.1歳。それが2050年には、大幅に増加し、国も急速に発展すると予測される。

「ナイジェリアと南アフリカが栄え、最も人口が多い国と最も経済規模が大きい国として、サハラ以南アフリカを牽引する。2050年には両国の経済規模はほぼ同じになる。ナイジェリアの人口は約4億人とアフリカで突出して多く、インドと中国につぐ世界3位になる。南アフリカの人口は7500万人前後だが、1人当たりGDPではナイジェリアを上回り、国民の大多数は中間層の生活を送るようになる。どちらも経済は着実に進歩し、アフリカの西部と南部を支える」

しかし、成長をつづけるためには課題もある。そのひとつがもちろん気候変動だ。

「サハラ以南アフリカは総じて気候変動の影響を受けやすく、とくに脆弱な地域もある。とても長い目で見ると、アフリカの未来は、世界全体が気候変動にどれだけ効果的に取り組むか(あるいは取り組まないか)で決まるが、つぎの30年については、アフリカ諸国は適応しなければいけない。ある意味で、これはものすごく不公平だ。地域や国としての政策は十分とは言えないし、人口が急増しているのはたしかだとはいえ、アフリカは温室効果ガスの排出にも、生息地の破壊にも、ほとんどと言っていいほど加担していない。それなのにほかの大半の地域よりも大きな影響を被ることになる。それは最も暑い大陸だからでもあり、これから起こりうる気候の変動を軽減するための財源がないからでもある」

先ほど、チオマ・オケレケの『Water Baby』の舞台は実在する水上スラムだと書いたが、そこは海面上昇や降水による影響を受けている。だから候補になっている。大国ナイジェリアは作家の層が厚く、彼らはこれまで以上に気候変動というテーマと向き合うことになる。

そしてもうひとつ見逃せないのが、マクレイが指摘する「アングロ圏の台頭」だ。

「2050年には、アメリカ大陸でいちばん人口が多い国は、英語を話すアメリカになる。アフリカ大陸ではナイジェリアになる。ナイジェリアの公用語は英語だ。アジアではインドになる。インドではヒンディー語の使用が奨励されているが、英語が統一言語として使われている。オーストラリアはオセアニアで最も人口の多い国だ。ではヨーロッパはどうだろう。そのときにイギリスがどのような政治形態をとっていようと、そしてアイルランドとの関係がどうなっていようと、ブリテン島とアイルランド島を合わせた人口はドイツを超えているだろう。さらにその少し先の2070年には、イギリスがヨーロッパでいちばん人口が多い国になっているかもしれない」

マクレイが重視するのは、「さまざまな理由から、英語圏の重要性は人口でも経済規模でも相対的に高まっていくこと」だが、ナイジェリア人の作家にも影響を及ぼすのではないか。そんな英語圏のなかで、ンネディ・オコラフォーやテイド・トンプソン、スイー・デイヴィース・オクンボワのようなSF・ファンタジー作家も含めたナイジェリア人の作家が活動の場を広げ、広く認知され、クライファイ(気候変動フィクション)の波を起こすことになるかもしれない。

《参照/引用文献》
● 『2050年の世界――見えない未来の考え方』ヘイミシュ・マクレイ、遠藤真美訳(日本経済新聞出版、2023年)
● 『And So I Roar』Abi Dare (Hodder And Stoughton Ltd. 2024)
● 『Water Baby』Chioma Okereke (Quercus Publishing Plc, 2024)




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● 『Water Baby』Chioma Okereke (Quercus Publishing Plc, 2024)