自分たちの家のなかの生態系や微生物多様性を守り、豊かにし、健康的に暮らすには その1――エド・ヨン著『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』

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以前の記事「ヒトの体がヒトのものであると同時に(あるいはそれ以上に)微生物のものでもあるのなら、ヒトの位置づけも問い直しを迫られるが、果たして…」で簡単に触れたように、マーティン・J・ブレイザーの『失われてゆく、我々の内なる細菌』やアランナ・コリンの『あなたの体は9割が細菌――微生物の生態系が崩れはじめた』など、人体にはヒト細胞よりも多くの微生物細胞が存在し、生態系をつくっていること、そして、抗生物質の過剰投与や帝王切開に対する過剰な信頼によってその生態系が崩れはじめていることに警鐘を鳴らす本は少なくない。

では、人体で共生している微生物と私たちが生活している空間にはどのような繋がりがあるのか。サイエンスライター、エド・ヨンの『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』の最後の章である第10章 「微生物研究の未来」には、人体だけでなく生活空間へと興味が広がるようなことが書かれている。たとえば、以下のような記述だ。

『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』エド・ヨン著

「われわれはみんな、四六時中、自分の微生物の種を世界にまいている。ものに触れたときには必ず、触ったものの表面に微生物の跡を残している。歩くときや話すとき、引っ掻くとき、脚を引きずるとき、くしゃみをするときには必ず、空間へ自分固有の微生物の集団を放っている。すべての人は1時間あたり3700万個の細菌をエアロゾルにして散布している。これはつまり、われわれのマイクロバイオームは、自分の体に限定されないということだ。ひっきりなしに周囲へ手を伸ばしているのだ」

この第10章には著者の案内人の役割を果たす人物として、著者と親しい生態学者、ジャック・ギルバートが登場する。そのギルバートは、人が暮らす家のマイクロバイオームを分析する「ホームマイクロバイオーム・プロジェクト」を行った。ギルバートの一家と、彼が募集して参加することになった単身世帯や夫婦世帯、子どものいる世帯などの6家族は、電灯のスイッチやドアノブ、キッチンカウンター、寝室の床、自分の手や足、鼻を綿棒で拭う作業を6週間毎日繰り返した。その分析からなにが見えてくるのか。

「すべての家庭はそれぞれ独特のマイクロバイオームを持っていて、それらのマイクロバイオームはおおむねそこの住人に由来することが判明した。(中略)参加した家族のうち3家族が実験中に引っ越しをしたが、新たな住居は、またたく間に古い住居と同じ微生物的特徴を帯びるようになった。(中略)われわれは新たな場所に移ってから24時間以内に、そこを自分の微生物で上書きして、自分自身を反映させる場所に変える」

「われわれは、同居人の微生物を変えてしまう。ギルバートの研究チームは、別に暮らしている人々の微生物に比べて、ルームメイトとは共有する微生物が多く、カップルならばさらに微生物的に似ていることを発見した」

ギルバート夫妻は犬を飼っているが、それも生活空間のマイクロバイオームと無関係ではないようだ。彼は以下のような発言もしている。「イヌは外から中へ細菌を持ち帰るし、人間どうしの微生物の行き来も増やす」「ぼくらは家の微生物多様性を増やすことにメリットがあると考えた。子どもたちに免疫系を養う能力をしっかり持たせたいと思ったんだ」

エド・ヨンがジャック・ギルバートといっしょにつくった動画。微生物がこの世から消えてしまったら、人類と地球がどうなるのかを描いている。

この第10章は、住居の微生物からはじまって、ギルバートが手がけたり、関わったりしている水族館や病院でのプロジェクトが紹介され、共通する問題が浮かび上がってくる。

ギルバートは、シカゴにあるシェッド水族館で、そこで飼育されているイルカを使って、微生物と環境との間に存在する相互作用を調べている。この水族館のプロジェクトの紹介では、水族館の動物健康統括責任者ビル・ヴァン・ボンの話から、問題が見えてくる。

海洋水族館のメインの水槽には1100万リットルの水が使用され、消毒と濾過を行う生命維持用循環経路を3時間ごとに一巡するという。それほど頻繁に循環させるのは、水をきれいにしておくためだが、ヴァン・ボンはこのように語る。「ところが、逆にパワーを半減すると何が起きると思いますか? それが何も起きないんですよ! 現に水質と動物の健康はむしろ向上するのです」。そして、以下のような記述がつづく。

「衛生的な環境を目指すうちに、熱心な浄化体制が行き過ぎてしまったのではないだろうか、とヴァン・ボンは考えている。水族館の環境から微生物を取り去ってしまい、成熟した多様なコミュニティが育つのを妨げて、有害な種がむやみにはびこる機会を作り出すはめになった、というわけだ。聞き覚えのある話だろう? まさに抗生物質が入院患者の腸内でしたのと同じことだ。抗生物質は先住微生物の生態系を剥ぎ取って、かわりにC・ディフのようなライバル病原菌の横行を許す。どちらの場合でも、無菌状態は目標ではなく災禍であって、痩せた生態系よりも多様性のある生態系のほうが良い。これらの原則は、舞台が人間の腸であれ水族館の水槽であれ――病棟であってさえ――変わらないのだ」

次に紹介される病院のプロジェクトは、単に舞台が水族館から病院に変わるだけではない。研究者のチームはまず、オープンする前の病院に入り、無人の建物のいたるところからサンプルを集め、どんな微生物が生息しているのかを確認し、オープンしてからも研究を継続し、人間が滞在することによって巨大建築物の微生物的特徴がどのように変化するのかを解明しようとする。ちなみにアメリカ国内では、「病院などの施設で年間1700万人が感染して、9万人が死亡する」という。

この病院のプロジェクトは、本書執筆時にはまだデータの分析中で、結果は示されていないが、著者のヨンは清潔にしすぎることを問題視している。

「実例として、最近あるアメリカの病院では、効果があるという証拠がないにもかかわらず、およそ70万ドルもかけて抗菌物質を浸み込ませた床材を取り付けた。そうした方法はかえってことを悪化させる。イルカの水槽や人間の腸のように、病院を清潔にするための努力が、建物のマイクロバイオームにディスバイオシスを作り出している。無害な細菌がいれば病原菌の成長を妨げるのに、そうした細菌を除去したことで、おそらく、もっと危険な生態系を意図せず構築してしまっているのだろう」

この記事につづく「その2」では、ロブ・ダン著『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』を取り上げたい。

《参照/引用文献》
● 『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』エド・ヨン 安部恵子訳(柏書房、2017年)





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