人新世を象徴するミシシッピ川、自然をコントロールしようとする企てについての3つの考察 その1――ロブ・ダン著『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』

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生態学者ロブ・ダンの『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』、ノンフィクション作家/写真家エリザベス・ラッシュの『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』、ジャーナリスト、エリザベス・コルバートの『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』は、それぞれに、人類が生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった人新世という時代、あるいは人間が自然をコントロールしようとする企てと深く関わる題材を扱っている。

この3冊を並べてみて興味深いのは、それぞれの著者の視点が”ミシシッピ川”に集約される部分があるということだ。3人の著者は、アメリカを南北に貫き、メキシコ湾に注ぐ長さ3780キロメートルの大河の過去・現在・未来を通して、自然と人間の関係を独自の視点で掘り下げている。それを比較してみたい。

『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン

● 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン著

「その1」で取り上げるロブ・ダンの『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』は、「生物界の諸法則と、そこから導き出される自然界の未来の姿について述べた本」で、さまざまな法則が取り上げられるが、序章はミシシッピ川の話から始まり、話が変わってもそこに戻ってくる。

ロブ・ダンの父方の祖父の一家はミシシッピ州のグリーンビルという町の出身だった。グリーンビルは、その昔、氾濫原だった場所に位置し、堤防を築くことで町を氾濫から守っていた。祖父が9歳くらいのとき、1927年のミシシッピ川大洪水が起こり、町全体を呑み込み、家々は川下へ流されていった。溺死者は何百人にも及び、町が元の状態に戻ることはなかった。

ロブ・ダンは、川をコントロールしようとする人間の企てこそがこの洪水の原因だという。そこでまず確認すべきなのは、人間が干渉する以前のミシシッピ川がどのようなものであったのかだ。

「ミシシッピ川は、何百万年も前から、毎年のように、土手から溢れ出しては、流域の平野を水浸しにしてきた。そして、あちこちへと移動しながら曲がりくねって流れることによって、動植物の新たな生息地を生み出し、さらには新たな土地を造り出すこともあった」

では、そんな大河に対する認識がいつ、どのように変わり、干渉がはじまったのか。本書と、その2、その3で取り上げるラッシュの『海がやってくる~』やコルバートの『世界から青空がなくなる日~』では、その分岐点が異なる。本書ではアメリカの工業化が分岐点になるが、まずは、それ以前にはどう対処していたのかを確認しておく。ロブ・ダンは人間中心主義を批判する生態学者なので、人間だけでなく動植物も視野に入れている。

「樹木類は、洪水や川筋の移動をうまく利用するように進化していった。草本類も同様だった。魚類は、溢れるほど豊かな水を頼りに、自然の循環の中で生と死を繰り返していった。ミシシッピ川沿いに暮らすアメリカ先住民は、こうしたサイクルに合わせて農耕、狩猟採集、儀式を営み、必要に応じて、浸水を免れる高台に集落を作った。自然界の生き物もアメリカ先住民も、川と折り合いをつけ、避けようのない季節変動を巧みに利用することによって、これに対処していた」

ところが、初期の工業化を支えた大規模商業輸送では、船が定期的に運行されること、船荷の最終目的地の町が川に近接していることが必須条件になり、川が一定不変であることが求められるようになった。「川の土手が、あたかも、流れる水の方向を変えたり、流速を遅くしたり速くしたり、さらには流れを止めることさえ可能なパイプであるかのような語られ方をするようになった」。そんなふうに川をコントロールしようとしたひとつの結果が、1927年の大洪水だった。

▼ ふたつの川の物語(1927年のミシシッピ川大洪水とその後の治水対策をまとめたドキュメンタリー)

ロブ・ダンは、当時よりもさらに高度な管理がなされている現在でも、ミシシッピ川は頻繁に洪水を起こし、今後、気候変動の影響を受けてますますひどくなっていくと予測する。

▼ 2011年に起きた歴史的なミシシッピ川大洪水

▼ 同じく歴史的と形容される2023年のミシシッピ川洪水

では、本書の序章で語られるミシシッピ川の問題が、その後に取り上げられる生物界の法則とどのように結びつくのか。たとえば、以下の記述がその結びつきを示唆している。

「われわれは、抗生物質、殺虫剤、除草剤、その他の薬剤を用いて生物を殺そうとする。こうしたことを、家庭でも、病院でも、裏庭でも、農地でも、場合によっては森林でも行っている。そのときわれわれは、ミシシッピ川の堤防を築いた人々と同じように、支配力を行使しようとしている。それによってどんなことが起きてくるかは予測が可能だ」

どう可能なのか、ロブ・ダンがその実例として挙げているのが、ハーバード大学の研究室で行われた「メガプレート」実験だ。この実験については、すでに「サイエンスライター、エド・ヨン(『世界は細菌にあふれ、人は細菌によって生かされる』)によるメガプレート実験の紹介と抗生物質に対する細菌の耐性進化への警鐘」で、本書も引用しつつ紹介している。そちらを読んでいただければ、抗生物質で生物を殺そうとすることと、ミシシッピ川をコントロールしようとすることの結果がいかに深く結びついているのか明らかになるだろう。

《参照/引用文献》
● 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン著、今西康子訳(白揚社、2023年)
● 『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』エリザベス・ラッシュ著、佐々木夏子訳(河出書房新社、2021年)
● 『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』エリザベス・コルバート著、梅田智世訳(白揚社、2024年)




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● 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン著、今西康子訳(白揚社、2023年)
● 『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』エリザベス・ラッシュ著、佐々木夏子訳(河出書房新社、2021年)
● 『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』エリザベス・コルバート著、梅田智世訳(白揚社、2024年)