アメリカの女性作家バーバラ・キングソルヴァーが2012年に発表した『Flight Behavior』を読もうと思ったきっかけが、アミタヴ・ゴーシュのエッセイ『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』だったことは、以前の記事(「アミタヴ・ゴーシュが『大いなる錯乱』で、気候変動が突きつける難題を克服した小説の例に挙げるリズ・ジェンセンの『The Rapture』とバーバラ・キングソルヴァーの『Flight Behavior』」)で書いた。
そこからキングソルヴァーの『Flight Behavior』に言及している部分だけを抜きだすと、以下のような記述になる。
「わたしがここで、一生懸命「抵抗」について語り、それを「克服不可能な障害」とは呼ばなかったのは、これらの難問=挑戦(チャレンジ)は克服可能であり、実際に多くの小説によって克服されてきたという事実があるからだ。リズ・ジェンセンの『断裂』(Rupture[2009]、未邦訳)などが、その好例だ。バーバラ・キングソルヴァーの『蝶のはばたき』(Flight Behavior[2012]、未邦訳)という素晴らしい小説も、そのうちに数えられるだろう。これらの小説は、それとわかるようにしてわたしたち自身の現代を舞台としながら、いま現在起きているさまざまな変化の規模とそれらのあいだの相互連環について、そしてそれらがいかに<不気味>で<ありそうもない>ものであるかということについて、どちらも驚くほど鮮明に描き出すことに成功しているのだ」(※この記事には直接関係ないが、一緒に取り上げられているリズ・ジェンセンの小説の原題は、正しくは「Rupture」ではなく「The Rapture」で、訳語をあてるとすれば「断裂」ではなく「携挙」が適切だと思われる。そのジェンセンの『The Rapture』については、「アミタヴ・ゴーシュが評価するリズ・ジェンセンのエコスリラー『The Rapture』、気候変動と少女の予言やキリスト教原理主義者が唱える”携挙”がせめぎ合うなか、崩壊の瞬間が迫りくる」にまとめた。)
『Flight Behavior』の舞台はテネシー州東部、アパラチア地方の架空の田舎町フェザータウン。主人公は、義理の両親が所有する経営難の農場に、夫とふたりの子供と暮らす29歳のデラロビア・ターンボウ。ある事情で慌ただしく結婚してから10年以上、単調で窮屈な生活を送ってきた彼女は、そんな生活から逃げ出したい一心で不倫を決意し、男と密会するために人がめったに来ない裏山を登っていく。ところが、その途中の森で信じがたい光景を目にする。めがねを持ってこなかった彼女には、木々が燃え、炎が渦を巻いて上昇していくように見えたが、熱が伝わってくるわけではない。この世のものとは思えないその美しさに魅了された彼女は、不倫を断念して帰宅する。
それからほどなくしてデラロビアは、義父がローンの返済にあてるために裏山の木を伐採する契約を業者と結ぼうとしていることを知る。彼女は、そこに行ったとは言えないため、そこになにか特別なものがあるかもしれないから契約する前に確認するべきだと夫を説得する。そこでまず夫と義父、隣人が、そのあとで義母とデラロビア自身もそこに足を運び、信じがたい光景を目にする。最初に渦巻く炎のように見えたものは、蝶の大群だった。
デラロビアの夫は教会のミサで、自分の妻がこの出来事を予見していたと語ったため、蝶の大群とともにデラロビアも奇跡として新聞やネットで注目を集めることになる。この蝶の大群との遭遇がデラロビアの世界を大きく変えていくことになるが、ここで振り返っておきたいのが、ゴーシュの『大いなる錯乱』だ。
ゴーシュは現代の主流文学が気候変動をとらえることを困難にしている要因のひとつとして、小説の不連続性と気候変動の連続性の間にある溝を指摘していた。小説が描く舞台は、不連続なものへの空間的、時間的な切り取りによって成立し、おのおのの舞台はそれ自体において閉じているので、かなたにある世界との関連性は不可避的に後景においやられる。これに対して、「人新世における地球は、まさに、想像を絶するとしか言いようのない巨大な諸力によって脈動する、執拗なまでの連続性から逃れようのない世界なのだ。シュンドルボンを侵食する海水は、マイアミ・ビーチも水浸しにする。砂漠化は、ペルーでも中国でもおなじく進行している。山火事は、テキサスやカナダと同様にオーストラリアでも激化している」
この『Flight Behavior』では、そんな不連続性と連続性がせめぎ合う。蝶の大群の出現と気候変動との関わりが明らかになれば、かなたにある世界との関連性が浮かび上がるが、同時に貧困や教育の欠如などによってデラロビアがいかに閉ざされた小さな世界を生き、そのことにコンプレックスを抱えていることもわかってくる。
まず蝶の大群のことを耳にしたメキシコ人の一家がデラロビアを訪ねてきて、かなたにある世界との関連性が前面に出てくる。その一家は以前はメキシコのミチョアカン州にある町で暮らしていて、蝶のことをよく知っていた。デラロビアが遭遇した蝶は、本来なら冬になると一家が暮らしていた町に帰ってくるはずだった。しかし、この前の冬に一家が暮らす町は洪水に見舞われ、彼らは家も学校も隣人も失い、親戚が暮らしていたこのフェザータウンにやって来たのだった。
デラロビアの長男プレストンとメキシコ人一家の長女ホセフィーナが同級生だったため、デラロビアは一家と交流するようになり、彼女のなかでフェザータウンと一家が暮らしていたメキシコの町が結びついていく。そのメキシコの町は森林を伐採したために山崩れが起き、被害を大きくした。デラロビアの義父は裏山の森林を伐採する契約を業者と結ぼうとしている。すでに気候がおかしくなっていて、夏に雨が降り続いたために隣家では、トマトや果樹園が全滅していた。そして12月になっても芝生がまだ青々としていて、雪も降らず、霜もおりず、クリスマス前の豪雨で庭が池になり、雨水が山から滝のように流れ、牧草地に小川をつくった。森林を伐採すれば、今度は彼女の家が飲み込まれるかもしれない。
それからデラロビアの人生に大きな影響を及ぼすオヴィッド・バイロンが現れる。彼は”渡り”をする蝶であるオオカバマダラを研究する昆虫学者で、フェザータウンに出現した大群がそのオオカバマダラだった。実際に裏山に登り、蝶を確認した彼は、これまでメキシコで越冬してきたオオカバマダラが記録された歴史上はじめてターンボウ家の農場であるアパラチア山脈南部に集結したのはなぜか、その謎を解くために、納屋の隣にとめたキャンピングカーに住み込み、大学の研究チームを呼び寄せて調査・研究を進めていく。
▼ オオカバマダラ、個体数減少で絶滅危惧種に指定
デラロビアはそんな研究生たちと自分の違いを感じる。学生たちはバイロン博士とともにメキシコに行ったことがあった。25歳前後で飛行機に乗り、外国を歩いていた。デラロビアはどこにも行ったことがなかった。そんなことを意識するのは、彼女もかつて大学に行こうとしていたからだ。バイロンは彼女がそれを諦めた事情を知って愕然とする。そこには教育の欠如がある。フェザータウンでは、アメフトで活躍したアスリートが幅をきかせ、教師として科学の授業も受け持っていたため、高校で普通に習う生物学などの科学的な教育がなおざりにされていた。そのため大学に行きたくても数学や科学がネックになった。だからバイロンが使う基本的な用語ですらデラロビアには初耳だった。
アシスタントを求めていたバイロンは、訓練すれば実験や分析のルーティンをこなせると考え、デラロビアを採用する。彼女は納屋を利用した実験室で蝶の生態を学び、閉ざされた世界が広がっていく。オオカバマダラの脂質抽出や羽を覆う鱗片の間に潜む寄生虫の観察などを手伝いながら、このような脆弱な生物がカナダからメキシコまで大陸の広い範囲を占有し、広い陸地を行き来していることを考え、衝撃を受ける。さらに、オオカバマダラの寿命は約6週間で、冬を越す蝶は冬眠のような状態になって、さらに長く数か月生き延びるが、この山で見られるオオカバマダラは、春に二代目になり、子孫は北へ向かってそこで三代目を産み、秋にはその子孫だけがメキシコまで飛んでいく。つまり、渡りの間に世代交代が繰り返され、子孫は自分が行ったこともない場所を目指す。しかし、メキシコに行くはずだったオオカバマダラが、気候変動によってこの山に集結したものの、襲来するであろう冬の嵐を乗り越えられなければ、すべてが途絶えてしまう。
デラロビアの視野は科学を通して広がっていくが、その科学の領域から外に踏み出すと、そこには地球温暖化や気候変動の問題を受け入れない世界がある。その象徴が、年明け早々に取材に訪れるTVクルーだ。女性レポーターは、デラロビアにインタビューして帰るが、放送されたのは、デラロビアが緊張で取り乱し、やり直しになった映像を勝手に編集したもので、自殺しようとしていた彼女が、蝶の大群が舞う光景に遭遇して思いとどまったというストーリーが作り上げられていた。その6週間後、TVクルーが再び取材に訪れるが、デラロビアは前回で懲りていたため、バイロンがインタビューを受けることになる。ところが、蝶の現象について科学者の見解を聞く取材のはずが、レポーターが気候変動否定論を持ち出したため、バイロンは企業や視聴者に忖度するメディアの欺瞞を痛烈に批判し、その一部始終を撮影していたデラロビアの親友が、それをYouTubeで公開して注目を浴びることになる。
普段から気候変動を否定するようなテレビを見ている町の住人は、蝶の現象を奇跡ととらえている。デラロビアの夫は、天候は神の仕事だという。市長は蝶が観光の目玉になることを期待する。彼らの世界は、自分たちが望んでいることを中心に回っている。バイロンは住民にとってはおせっかいなよそ者だった。閉じた世界で生きてきたデラロビアも、最初は気候変動を信じていなかったが、科学者との作業を通して世界が広がる。と同時に、結婚生活を振り返り、夫と正面から向き合い、夫を支配してきた義母とも本音で話し、新たな道を切り拓いていく。
前に記事にしたリズ・ジェンセンの『The Rapture』とこのキングソルヴァーの『Flight Behavior』、アミタヴ・ゴーシュが『大いなる錯乱』でタイトルを挙げたこの2冊の結末には、終末と新たな世界というある種共通するヴィジョンがあるが、そのことについてはまた別記事で触れたい。
《参照/引用文献》
● 『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』アミタヴ・ゴーシュ著、三原芳秋・井沼香保里訳(以分社、2022年)
● 『Flight Behavior』Barbara Kingsolver (Harper Perennial, 2012)
[amazon.co.jpへ]
● 『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』アミタヴ・ゴーシュ著、三原芳秋・井沼香保里訳(以分社、2022年)
● 『The Rapture』Liz Jensen(Bloombury, 2009)
● 『Flight Behavior』 Barbara Kingsolver (Harper Perennial, 2012)