ヒトは料理で進化した、ではその「料理」とは火の使用と発酵のどちらから生まれたのか――リチャード・ランガム『火の賜物』VS.マリー=クレール・フレデリック『発酵食の歴史』

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生物人類学教授、リチャード・ランガムの『火の賜物―ヒトは料理で進化した』と、以前にも記事で引用したことがある食品や料理を専門にするライター、ジャーナリスト、マリー=クレール・フレデリックの『発酵食の歴史』は対比してみると興味深い。

まず2冊の共通点から。どちらの著者もヒトが料理によって進化したと考えている。私たちの祖先の進化にすばやく大きな変化が起きた時期として指摘されるのはおよそ190万年前で、特に歯のサイズの変化が強調されている。初期のヒトは、生の硬い食べものを長く噛まなければならず、多くの時間を食べることに費やし、大きな臼歯を保持していたが、食べものを料理することでそれが変化する。

『火の賜物――ヒトは料理で進化した』リチャード・ランガム

火の賜物―ヒトは料理で進化した』によれば、190万年から180万年前、「ハビリスからホモ・エレクトスへの進化で、六〇〇万年の人類の進化上、歯のサイズがもっとも縮小し、体のサイズがもっとも大きくなって、明らかに木登りに好都合だった肩、胸、体幹の適応が失われた。(中略)歯の縮小、より大きな脳や体へのエネルギー供給、小さな胃腸を示唆する形状、新たな生活域を開拓する能力――これらすべては、料理がホモ・エレクトスの誕生に寄与したという考えを裏づける」

『発酵食の歴史』マリー=クレール・フレデリック

一方、『発酵食の歴史』では、同じような変化と結論が以下のように綴られている。

「およそ一九〇万年前、チンパンジーの系統と分かれたのちの人類につながる系統において、食事にかける時間がなぜか大幅に減少した。この系統が進化し、ホモ・エレクトスになると、臼歯のサイズが一貫して小さくなっていくことがわかるのである」

「臼歯の変化は、食べものがそれほど硬くなくなり、咀嚼時間が減少したことによって生じたということ。そして、この変化はホモ属に進化したのち、しかしホモ・エレクトスに進化する前に――ないしは同時に――生じたということである」

それでは今度は、2冊の相違点。およそ190年前にヒトは料理によって食べものを柔らかくすることができるようになり、著しい進化を遂げたが、ふたりの著者にとってその「料理」が意味するものには大きな違いがある。

ランガムにとって料理の始まりは、火の使用の始まりに等しい。だが、人類が火を使った時期を示す考古学的証拠では、およそ50万年前までしかさかのぼれない。それ以前となると、イスラエルのヨルダン川沿いに火の使用を伝える79万年前の最古の遺跡がある程度で、あとはヒントにとどまる。

そこでランガムは、考古学から生物学に目を向け、祖先の進化にすばやく大きな変化が起きた三つの時期を挙げ、食事の変化と対応しているかどうかで、三つのなかで最も古いハビリスからホモ・エレクトスに移行した時期を選ぶ。

▼ 火の発見と使用、進化をテーマにした動画。

これに対して、フレデリックは、臼歯の変化を190万年前、火をあつかえるようになる時期を70万年前から40万年前の間としたうえで、ふたつの仮説に言及する。

「ひとつは、火の発見の年代が誤っており、百万年さかのぼらなければならないということだが、これは相当な違いである。もうひとつは、人類はそれ以前に、食べものを柔らかくして消化しやすくする方法を見つけていたという仮説である」

このもうひとつの仮説では、料理は火の使用ではなく発酵を意味する。

「人類が火を自在にあつかえるようになる前に、食べものを柔らかくする別の方法を見つけていたとしたら? 発酵は加熱と同じくらい食べものを柔らかくし、食欲をそそり、細菌の繁殖を防ぐ効果をもたらしたことになる。それも、火やその他の複雑な技術なしに、である。硬い肉を焼いたりあぶったりしても、肉は硬いままである。型どおりに煮込み料理をつくったことのある人ならだれでも知っているように、肉を柔らかくするには何時間も鍋で煮なければならない。だが、とろ火で加熱できる鍋やかまど、あるいは加熱用の穴が必要だし、さもなければ火山の近くに暮らさなければならない。そういったものがなくても、発酵は加熱せずに肉や野菜を柔らかくする」

▼ ヒトが発酵をどのように理解したのかをテーマにした動画。

火の使用か、それとも発酵が先だったのか。目に見えて、肌で感じられる火に対して、目に見えない微生物の働き。発酵に触れたヒトは見えないものに対してどのような感覚を持っていたのかについても興味がふくらむ。毎日のように発酵にまつわる作業をし、火を使って料理をしながら、このようなテーマについてあれこれ想像するのはかなり楽しい。

《参照/引用文献》
● 『火の賜物―ヒトは料理で進化した』リチャード・ランガム 依田卓巳訳(NTT出版、2010年)
● 『発酵食の歴史』マリー=クレール・フレデリック 吉田春美訳(原書房、2019年)





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