キム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』とアンドレアス・マルムの『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』を結びつける”ラディカル派効果”について

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SF作家キム・スタンリー・ロビンスンが2020年に発表したクライファイ(気候変動フィクション)『未来省』は、ふたつの出来事が物語の起点になる。

『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン

● 『未来省』 キム・スタンリー・ロビンスン著

ひとつは、2025年夏にインドが未曾有の大熱波に襲われたこと。短めの106の章で構成された物語の第1章で、この大惨事が、ウッタル・ブラデシュ州のどこにでもある町で活動していたアメリカ人ボランティア、フランク・メイの視点で生々しく描き出される。気温も湿度も高いため、外気はサウナのようになり、少しでも体を冷やすことを期待した湖は熱すぎる風呂になり、どこにも逃げ場のない状況で町全体が遺体置き場と化していく。結局、何日もつづいた大熱波で2000万人が犠牲になる。

もうひとつは、同じ2025年だがインドが大熱波に襲われるよりも前の1月に、スイスのチューリッヒを拠点とする新機関、未来省が設立されたことで、これは第3章で描かれる。国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP)は、炭素排出量の目標が達成できないこと、協定の実施がおおむね失敗していることをふまえ、恒久的な責任を負い、その責務をまっとうするためのリソースを備えた、協定実施のための新たな補助機関の設立を決めた。ただし、<未来省>という名称は、報道関係者がそう呼んだことから広まり、定着しただけで、正式な名称は曖昧にされている。

物語はこのふたつの出来事を起点に、未来省の事務局長に就任したアイルランド人女性メアリー・マーフィーと大熱波の地獄から奇跡的に生還したフランク・メイを軸として、2050年代に至る未来省の闘いが、半ば独立した多岐にわたるエピソードを挟み込みながら、重層的に描き出されていく。

そんな本書を読んで、まず頭に思い浮かんだのが、スウェーデンの歴史家・思想家アンドレアス・マルムが2021年に発表した『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』のことだった。マルムは本書で、アメリカの公民権運動や南アフリカの反アパルトヘイト運動などの社会運動の歴史を踏まえつつ、現在の気候運動に批判的な考察を加えている。

『パイプライン爆破法』アンドレアス・マルム

● 『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』アンドレアス・マルム著

そこでポイントになるのが”ラディカル派効果(radical flank effect)”であり、以下のように説明されている。「社会運動論の概念で、社会運動を担うラディカル派と穏健派、および運動の部外者がかかわる相互作用的なプロセスを指す。過激な動きが穏健派の目標達成にダメージを与えるときには『負のラディカル派効果』があるとされ、反対にラディカルな動きや存在そのものが穏健派に有利に働くときに『正のラディカル派効果』があるとされる」。

気候運動の戦略的平和主義は、暴力はいかなる状況であれ悪であり、そのことは歴史によって証明済みだと説く。つまり、これまでの社会運動の伝統を引き継ぐかのように非暴力を絶対視するが、それは歴史を都合よく記憶しているにすぎない。1960年代のアメリカで黒人の権利を確保する法律がいくつも成立したのは、公民権運動だけの手柄ではなく、黒人たちが各地で暴動を起こし、治安の崩壊を恐れた政府から譲歩を引き出したからでもある(「法律を作った方がましだと国家権力に思わせるラディカル派を抱えていたからなのである」)。南アフリカについても、ダイベストメント運動だけではアパルトヘイトを崩壊させることはできなかった。アフリカ民族会議(ANC)指導部は、新たな路線として軍事部門「ウムコント・ウェ・シズウェ」(民族の槍、MK)を設立し、ネルソン・マンデラが初代司令官に任命され、サボタージュが一般大衆を奮い立たせた。

これに対して『未来省』にも、ラディカル派効果について考えさせるような状況、展開がある。インドの大熱波で2000万人が犠牲になってもまだ、人間は炭素を燃やし、自動車を走らせ、飛行機で飛びまわった。しかし、大熱波の地獄を経験し、怒りに燃える若者たちが、ヒンドゥー教の破壊神からとった<カーリーの子供たち>を名乗り、反撃を始める。誰が罪人なのかを見極め、一般市民を巻き込まないように気を配り、ドローンで殺害する。小型ドローンの集団によってビジネスジェット機が次々に墜落し、コンテナ船がどこからともなく発射された魚雷によって沈められる。やがてそれは国際的なムーブメントのようなものになり、世界中の数々の発電所がドローン攻撃で破壊される。

一方で、大熱波のあとも人間が同じように炭素を燃やしつづけたということは、未来省がうまく機能していないことを意味し、事務局長メアリーはジレンマを抱え込んでいる。そんな彼女は、首席事務官のバディム・バハダーに、自分たちが手を汚すことも必要かもしれない、未来省に秘密の部署を用意して、理念を前進させるために内密の仕事をする、という考えを打ち明ける。するとバディムは躊躇しつつも、彼女の勢いに押され、未来省にすでに裏組織(ブラック・ウィング)が存在することをほのめかす。

ただし、詳しいことは明かさない。その理由は、一般論としての以下の発言に表れている。「裏組織には、捕まってはならないという側面があります。なにも書きのこしてはいけないし、ハッキングされてもいけない。外部の人間と話すのもいけない。責任者は彼らについてなにも知らない。ちょっとでも秘密がもれようものなら、あなたは機関のトップとしてあらゆる関与を、それについての知識さえ、説明も擁護もなしに否定できるようにしておかなくてはいけない」。

マルムの『パイプライン爆破法』では、正のラディカル派効果の前提となる穏健派とラディカル派の分業について以下のように説明されている。

「ラディカル派は危機をぎりぎりのところまで煽り、穏健派は出口を提示するというわけだ。こうなることで、戦闘的となる人びとは主流派から当然非難されることになるし、それを望みすらするだろう。それなしでは両者の区別はつかなくなり、効果が発揮されなくなってしまうからだ。言い換えれば、戦闘的な部分は、XRやビル・マッキベン、あるいは絶対非暴力を墨守する運動のあらゆる部分に対して、火炎瓶やコーヒーキャニスターを手に取れと説得すべきではない。それは穏健派の仕事ではない。来るべきラディカル派がすべきことなのだ」

このように『パイプライン爆破法』と結びつけられる『未来省』は、ラディカル派効果についての考察として読むこともできるだろう。ただし、ロビンスンがそうした暴力を肯定しているわけではない。

ジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊:人新世SF傑作選』には、『未来省』の刊行後に行われたキム・スタンリー・ロビンスンのインタビューが収録されている。そのなかで彼は、『未来省』に描かれた暴力的な抵抗について、以下のように語っている。

『シリコンバレーのドローン海賊:人新世SF傑作選』ジョナサン・ストラーン編

● 『シリコンバレーのドローン海賊:人新世SF傑作選』ジョナサン・ストラーン編

「わたしは『未来省』で、さまざまな政治的暴力、加えて化石燃料または反人間的なインフラ施設に対する破壊活動を描きました。この作品でわたしは、これからの三十年間を、反ディストピアだけれど、現在の世界がくっきりと分断されていることを考えると説得力がある筆致で描こうと試みました。家族が気候変動の影響のせいで死んだら、資本主義の緩慢な暴力は突発的暴動という迅速な暴力を誘発するでしょう。そのような暴力的抵抗はほとんどつねにいい結果をもたらしません。抵抗運動の闘士は殺されるか投獄され、抑圧的なシステムは抑圧を強化します。
だからわたしは、ほかの多くの人々とともに、トラウマになっている、どのみちたいてい裏目に出る旧来の暴力革命ではない革命を成功に導くための方法を編みだそうとしているのです。状況を好転させるためのよりいい方法として、言論闘争(説得力を高められないだろうか?)、政治闘争(議席の過半数を得られないだろうか?)、法律闘争(助けになる法律を制定できないだろうか?)などがあるし、さらに、人命を奪っている機構に対する破壊活動、大規模な市民的不服従、現行の国民国家システムとは一線を画す代替的な統治システムなどが挙げられます。このリストにはまだまだ項目を追加できます。
わたしが暴力的な抵抗に反対するのには、倫理的な理由も、戦術的な理由もあります。第一に、攻撃されて自分の身を守るとき以外、ほかの人間を傷つけるのは正しくありません。また戦術的には、暴力の行使が裏目に出て、状況がますます悪化してしまうことが多いように思えます。国家が暴力をしっかりと独占しているからでもあるし(それはいいことかもしれませんが)、たとえ暴力によって成功したように思えても、悪辣な手段が使われるし、もっとも暴力的な革命家が権力を掌握して、いかなる異議に対しても同様な暴力で対処するので、長い目で見ればうまくいかないものだからです。
もちろん、歴史上、つねにそうなったわけではありませんが、現状ではそうなるとしか思えないのです。したがって、いま試みるなら、きわめて迅速に法的な段階を踏む革命的改革がもっとも望ましいとわたしは思っています。正義と持続可能性のさまざまな前線で意味ある進展がないまま二〇三〇年代に突入してしまったら、おそらく、より暴力的な抵抗が正当化されるでしょう。平和的な戦術が功を奏する可能性の窓は閉じつつあるのです」

《参照/引用文献》
● 『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン 瀬尾具実子訳(パーソナルメディア、2023年)
● 『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』アンドレアス・マルム 箱田徹訳(月曜社、2022年)
● 『シリコンバレーのドローン海賊:人新世SF傑作選』ジョナサン・ストラーン編 中原尚哉他訳(東京創元社、2024年)




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● 『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』アンドレアス・マルム 箱田徹訳(月曜社、2022年)
● 『シリコンバレーのドローン海賊:人新世SF傑作選』ジョナサン・ストラーン編 中原尚哉他訳(東京創元社、2024年)