[読みたい本についてのメモ] 新設されたクライメート・フィクション賞(The Climate Fiction Prize)の候補9作品に選ばれていたので(受賞作の発表は2025年5月とのこと)関心をもった。ジュリア・アームフィールド(Julia Armfield)は、1990年、ロンドン生まれ。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校でヴィクトリア朝美術・文学の修士号を取得。『Private Rites』(2024)は、短編集『Salt Slow』(2020)、長編デビュー作『Our Wives Under the Sea』(2022)につづく2作目の長編小説になる。
舞台は、海面上昇や絶え間なく降り続く雨による洪水などによって水没しつつある近未来のイギリス。人々は都市の高層ビルの上層階に暮らし、高架電車やフェリーで通勤するなど、日常はつづいている。疎遠になっていた主人公の三姉妹アイラ、アイリーン、アグネスは、父親が亡くなったことで再会を果たす。彼女たちの父親は、気候危機に対応して水位とともに上昇する高床式の建物を設計したことで知られる建築家で、三姉妹は暴君のような父親が作った有名なガラス張りの家で彼に支配されるように育った。そんな彼女たちは、父親の遺言によって、それぞれに自分たちの過去・現在・未来と向き合うことになる。
アームフィールドはシェイクスピアの『リア王』にインスパイアされているが、そこには、リア王と三人の娘という図式以外にも興味深い点がある。以前取り上げたフィリップ・ブロームの『縫い目のほつれた世界 小氷期から現代の気候変動にいたる文明の歴史』を読めばわかるように(「小氷期(16世紀末~17世紀)ヨーロッパの劇的な変化を描くフィリップ・ブロームの『縫い目のほつれた世界』は、アミタヴ・ゴーシュの小説『Gun Island』の視点と深く結びついている」参照)、シェイクスピアが生きた16世紀後半から17世紀は、小氷期という気候変動の時代にあたり、『リア王』に描かれる気候と人間への視点にもつながりを見出すことができる。
また、アームフィールドにとって重要なテーマはクィアであり、ガラス張りの家の核家族とクィアの三姉妹の視点が対置される。ちなみに、アイラとアイリーンの母親は溺死し、腹違いの三女アグネスの母親が行方不明になっていることが、物語のポイントになりそうだ。
あと、三姉妹それぞれの視点に加え、都市の視点も盛り込まれているようで気になるが、読んだらまた記事にまとめたい。
≪参照/引用文献≫
● 『Private Rites』Julia Armfield (Harper Collins Publ. UK, 2024)
● 『縫い目のほつれた世界 小氷期から現代の気候変動にいたる文明の歴史』フィリップ・ブローム著、佐藤正樹訳(法政大学出版局、2024年)
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● 『Private Rites』Julia Armfield (Harper Collins Publ. UK, 2024)
● 『縫い目のほつれた世界 小氷期から現代の気候変動にいたる文明の歴史』フィリップ・ブローム著、佐藤正樹訳(法政大学出版局、2024年)