マーティン・プラカット監督、シャヒ・カビール脚本のインド・マラヤ―ラム語映画『Nayattu』(2021)は、組織の内実を炙り出す警察映画でり、犯罪が捏造されるサスペンス・スリラーであり、陥れられた警察官たちの逃走劇であり、選挙あるいはポストトゥルースに対する社会批評にもなっている。
主人公は、同じ警察署に勤務する3人の警察官。ベテランのマニヤン(ジョジュ・ジョージ)、若い女性警察官スニタ(ニミシャ・サジャヤン)、そして署に配属されたばかりのプラヴィーン(クンチャコ・ボバン)。マニヤンとスニタはダリットだ。マニヤンは、ダンスコンテストでめきめき頭角を現す娘を溺愛している。スニタは母親と二人暮らしで、後述するように悩みを抱えている。プラヴィーンは病状が思わしくない母親のために休暇をとろうと考えている。
そんな3人が窮地に陥る直接的な原因は、彼らが出席した同僚の結婚パーティーの帰途、彼らを乗せた車とダリットの若者が乗るバイクが衝突する事故が起こり、若者が後に死亡したことだが、そこに至るまでには細かな伏線があり、そこから負のスパイラルが巻き起こる。なにかひとつの出来事ではなく、小さなエピソードが積み重なり、3人が結びついていく過程が緻密に描き出されていく。
はじまりは、スニタの悩みだ。彼女の親戚の若者ビジュは、ダリットの仲間と徒党を組んで傍若無人に振る舞い、彼女も嫌がらせを受け、手に負えないため警察に通報した。それが気に食わないビジュは、仲間と警察署にまで押しかけてくる。そのビジュは警察署でも横柄な態度をとるが、それがまかりとおるのは、選挙が間近に迫っていることと無関係ではない。州政府にとっては、ダリットのコミュニティの票固めが不可欠で、選挙が終わるまでは、ダリットに絡む揉め事は是が非でも避けたい。
そんな状況で負のスパイラルが巻き起こる。まず、マニヤンが、警察署の前で仲間と群れていたビジュが、塀に唾を吐くのを目にし、彼に食ってかかり、揉み合いになる。その場はなんとかおさまるが、悪いことがつづく。プラヴィーンは署長に休暇を願い出るが、罵声で一蹴される。納得できな彼は、扉を乱暴に押して部屋を出るが、そのとき外に立っていたのがビジュで(というよりも、その前から彼は中の様子をうかがっていた)、はずみで彼のスマホが床に落ちる。それを拾え、拾わないの口論でプラヴィーンがキレて、殴りかかろうとするが、仲間に腕を抑えられる。そこに割って入ったのがマニヤンで、ビジュの態度を腹に据えかねていたため、殴り倒し、乱闘の末、彼を牢に押し込む。しかし、間もなく上からのお達しにより、ビジュは解放される。署長や取り巻きは、ビジュが人を集めて、警察署を包囲するようなことをしないか心配している。
▼ マーティン・プラカット監督『Nayattu』(2021)予告
そしてこの前半部にはもうひとつ、伏線とは違う、象徴的なエピソードが盛り込まれている。マニヤンは、上から犯罪の捏造を命じられ、プラヴィーンがそれに同行する。ある若者が、夜に好意を寄せる女子の家を訪ね、誕生日プレゼントを贈ろうとした。しかし、その女子は大臣と親戚の関係にあり、警察は、保釈のない罪で若者を逮捕するように求められた。マニヤンとプラヴィーンは、その女子の家を訪ね、主の立ち合いのもとに、窓に用意してきたガソリンをかけて火をつけ、そこで火災があったわずかな証拠を作り、若者は、夜にその家に侵入してそこら中にガソリンをまいて、火をつけ、家族を殺そうとした罪で逮捕されることになった。マニヤンは、ゴロツキでもそんな命令に従うか拒むかの自由があるが、警察官にはないと語る。
ところが、今度はそんなマニヤンが、プラヴィーンとスニタとともに、犯罪を捏造され、追われるはめになる。原題の「Nayattu」は「狩り」を意味するとのことだが、今度は、自分たちが狩られることになる。
ビジュとの一件でダリットのコミュニティとの間で緊張が高まっているときに、3人を乗せた車と若者が乗るバイクが衝突する事故が起こる。3人は結婚パーティーの帰りで、酒を飲んでいたが、運転していたのは飲んでいないマニヤンの甥だった。事故後、スニタは、横たわっているのが、ビジュの仲間の若者だと気づく。まだ息があったので、まずいことになったと思いつつ、彼らは若者を病院に運ぼうとする。ところが、怖気づいたマニヤンの甥が逃げてしまったため、自分たちで運転するしかなかった。
事態は悪い方へと転がっていく。医師によれば、病院に到着した時点で若者は死亡していたという。彼は、マニヤンらの飲酒運転を疑っていた。病院の近くにいたビジュと仲間が、事情を知ってそこに乗り込んできたため、3人は逃げ出す。彼らは警察署に行き、事情を説明しようとするが、彼らに協力的だった党の青年部長からの連絡で自分たちがすでに犯罪者に仕立てられていることを知り、慌てて逃走する。テレビのニュースは、ダリットの若者が交通事故で死亡し、車は酔った警察官が運転していたことを伝えていた。
その後の逃亡劇も緊張に満ちたドラマがつづく。選挙は間近に迫っている。政府とその指示で動く警察は、是が非でも投票日の前までに犯人を逮捕し、それを公表し、ダリットのコミュニティの票を固めようとする。一方、3人には、もし選挙が終わるまで逃げつづけられれば、濡れ衣を晴らせるわずかな可能性がある。そんな時間との戦いが緊張を生み出す。政府と警察は、投票日前日には、なんとか時間を稼ぐために、替え玉を使った逮捕、連行劇まで演出する。しかし、現実は彼らの筋書き通りには進まず、醜い責任のなすり合いやさらなるおぞましい捏造が行われる。そんなドラマからは、客観的な事実や証拠よりも感情が優先される”ポストトゥルース”という現代的なテーマも浮かび上がってくる。