寄生虫を戻すという試みから見えてくる、寄生虫の不在と先進諸国で増加する自己免疫疾患やアレルギーとの関係――ロブ・ダン著『わたしたちの体は寄生虫を欲している』

スポンサーリンク

以前の記事「自分たちの家のなかの生態系や微生物多様性を守り、豊かにし、健康的に暮らすには その2――ロブ・ダン著『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』」で、2018年の著書『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』を取り上げた生物学者/大学教授ロブ・ダンが、それよりも前の2011年に発表したのが『わたしたちの体は寄生虫を欲している』だ。

その導入部でまず言及されるのは、「生命の真実」。生命がこの地球に誕生して以来、すべての種は、他の種との相互作用の上に進化を遂げてきた。孤立した種はなかった。どの時代を見ても、他から孤立して生きていた種はいない。動物は、寄生虫に寄生され、捕食者に襲われ、病原体にとりつかれてきた。種と種の相互作用は、生物を支える強い重力だった。

『わたしたちの体は寄生虫を欲している』ロブ・ダン著

しかし、生命の40億年の歴史を通して初めて、わたしたちの系統は、かつて頼っていた他の種から遠ざかりだし、その変化によって人間が生まれた。ロブ・ダンは、「人間が完全な人間になったとき」を以下のように表現している。

「こうした一連のできごとの中で、わたしたちを人間にしたのは、言語でも信仰でも、岩にグラマラスな女性像を描く能力でもなかった。ヒョウが洞窟に忍び込んできたら、追いだして殺すべきだと判断したときに、人間は人間になったのだ。食べるためや防衛のためではなく、自分たちの周囲にいる何を生かし何を殺すかを決め、他の種を殺し始めたときに、わたしたちは完全な人間になったのである」

「人口が増加し、新たな道具を発明する能力が高まるにつれて、変化はますますスピードアップした。大型になった銃で、より多くのものをより速く殺し、DDTを空から撒いて害虫を殺し、抗生物質で細菌を殺した。このような殺戮は、環境が変わるにつれてますます欠かせなくなっていった」

人類と自然の関係は大きく変化した。わたしたちの脳は少なくとも今の生活を快適に感じている。しかし、体のほうは、何千年にもわたって共存してきた数々の種との遭遇を、今でも期待しているのかもしれない。他の種と別れたことは、人間にマイナスの影響を及ぼしているのではないか。本書では、自然との関係が変化した影響を、「寄生虫からスタートして、人類が共生する生き物、捕食者との関係、病気、という順に論じていく」と書かれているように、さまざまな視点が盛り込まれているが、特に興味を覚えるのは寄生虫だ。邦題もそこが強調されている。

医学の進歩によって昔からの病気についてはかなり治療できるようになったが、その一方で新たな病気――クローン病、炎症性腸疾患、慢性関節リウマチ、狼瘡、糖尿病、多発性硬化症、統合失調症、自閉症など――が、一般的になってきている。それらの病気は健康管理や公衆衛生が進んでいる先進諸国で増えていて、多くは自己免疫疾患やアレルギー疾患で、治療は容易ではない。

そんな新しい病気のなかでも、ロブ・ダンが、最もやっかいなものとして詳述しているのがクローン病だ。

「この病気に罹ると、免疫システムが自分の消化器官を攻撃するようになる。そして、この体内の縄張り争いでは、つねに免疫システムが勝利を収め、その結果、腹痛や発疹、関節炎などが引き起こされ、時には、目の炎症などの奇妙な症状が出ることもある。重症の患者は、何年も吐き気が続き、体重が減少し、激しい腹痛や腸閉塞に襲われる。そうなると、仕事を辞めて自宅で療養するほかない。(中略)クローン病はこのように不快で、進行性で、めったに完治することのない難病であり、しかも、急速な広がりを見せているのだ」

クローン病などの現代的な病気と寄生虫がいなくなったことの関係に最初に注目したのは、現在タフツ大学の研究者で、かつてアイオワ大学で研究をしていたジョエル・ワインストックだ。そのきっかけはなかなか興味深い。彼は、ニューヨークで開かれた会議を終えてアイオワに向かう飛行機の機内で、編集中の肝臓や腸の寄生虫に関する本の原稿に目を通し、その後、炎症性腸疾患(クローン病など、免疫システムが消化管を攻撃することが原因の病気)に関する小論に取りかかった。

彼の頭のなかでふたつの情報が結びつき、ふと寄生虫は宿主に害を及ぼすだけでなく、自分が生き続けるために宿主を助けるのではないか、と考えた。病気は、他の種が体内に侵入することでもたらされるだけでなく、体内の種を取り除くことで罹る病気もあるはずだ。彼には、寄生虫がいなくなった地域では、クローン病が一般的になってきているように思えた。

▼ 炎症性腸疾患と寄生虫の不在の関係について語るジョエル・ワインストック。

ワインストックと仲間は、寄生虫の効果をまずネズミで試した。ネズミの体内に線虫を入れたところ、ネズミ版の炎症性腸疾患を予防できることがわかった。彼らは、クローン病患者の体内にブタの線虫を入れる実験の許可を、アイオワ大学の治験審査委員会に申請し、意外にも実験が承認された。その結果は、実験を続行していた被験者25人のうち22人が快方に向かい、最終週である24週には、ひとりを除く全員が良くなっており、ひとりは寛解していた。

わたしたちの文化や行動様式、食生活、あるいは医学が変わっても、体は何も変わっていない。その本質は、6000世代前の人類と同じなのだ。この体は、人間がどんな生き物であるかを覚えている。何が変わろうとおかまいなく、長年の習慣通りに今も反応するのだ、という指摘には頷ける。

だとすると、いつか免疫システムがあたなを攻撃し始めるかもしれない。そうなったら、あなたは寄生虫を探すだろうか? そうできるだろうか? そうしたいと思うだろうか?

そこでロブ・ダンは、デボラ・ウェイドという女性のエピソードを取り上げている。彼女は20年間、クローン病に苦しみ、仕事に就くこともできず、家に引きこもり、やせ衰えていた。彼女はワインストックの実験のことを何かで読み、気持ち悪かったが、心を動かされた。彼女はネットでクローン病と寄生虫治療のことを調べ、目にした広告で、メキシコに行けば3900ドルで鉤虫を処方してもらえることを知り、決断した。

デボラが会いにいった相手は、ジャスパー・ローレンスという男。シリコンバレーの広告代理店に勤めていた彼には、喘息の持病があった。治療の機会を探していた彼は、ある晩ネットでワインストックらの論文を見つけ、寄生虫と健康に関する論文を読み漁り、鉤虫を求めてカメルーンに向かった。そこで貧しく不潔な場所を訪れ、鉤虫に感染するために排泄物を踏んで歩いた。

ローレンスの望み通り、鉤虫は彼の足から血流に入って心臓を通過して、腸まで達した。そこで鉤虫は彼の免疫システムを手なずけ、その結果、喘息はほぼ完治した。それが奇跡的に思えた彼は、治療法を探している人々を助けることをライフワークにしようと決心し、メキシコで寄生虫を配る診療所を開いた。

▼ ジャスパー・ローレンスが治療の方法を説明する動画。鉤虫の幼虫を浸み込ませた布を腕に貼り、腕から体内に入る。

ワインストックらの実験では、患者たちは鞭虫の卵が入ったスポーツドリンクを飲んだ。ローレンスの診療所では、上の動画のように、鉤虫の幼虫が患者の腕から体内に入る。

「うまくいけば、鉤虫は腕を這って血流に入り込み、心臓を通過して肺に入り、咳で肺から口中に吐き出され、飲み込まれて胃に入り、そこから腸へと下ってゆき、腸の中で定着し、三年から七年、居心地が良ければさらに長く生きる」

ローレンスの診療所を訪れ、治療を受けたデボラは、体調が悪化したように感じる時期を経て、しばらくの間、クローン病の症状がすっかり治まるものの、再び悪化した。その後も、接種するごとに数か月は気分が良くなるが、そのうちに、また症状がじわじわと出てくるという状態が続いた。

寄生虫の治療はだれにでも効果があるわけではない。「奇跡的な事例もたくさんあった。ふたりの多発性硬化症患者は、二年にわたってすっかり症状が消えた。アレルギーや喘息を患う人の多くは回復するようだ。最も回復が見込めないのは、潰瘍性大腸炎の患者だった」

これは、単に寄生虫を戻せば解決するというような問題ではないが、治療の結果は、寄生虫と免疫システムの間に非常に重要で複雑なつながりがあることを示唆している。

《参照/引用文献》
● 『わたしたちの体は寄生虫を欲している』ロブ・ダン 野中香方子訳(飛鳥新社、2013年)