『Breaded Life』のビオダン・スティーブンが監督した『A Simple Lie』(2021)は、これまで取り上げたナイジェリア映画のなかでは、トル・アウォビイ監督の『Couple of Days』(2016)に通じる設定の作品といえる。『Couple of Days』では、休暇を別荘で過ごす3組の夫婦のあいだに軋轢が生まれ、連鎖反応を起こすように夫婦それぞれの秘密が露呈していく。本作では、時間や空間がさらに切り詰められている。舞台は邸宅の一室、時間はとある日の午後、登場するのは5人の男女で、限りなく一幕劇に近い設定に、フラッシュバックが挿入されていく構成。
脚本を手がけたのは、マニー・オイセオマイェ。まだ取り上げていないが、スティーブン監督の『The Wildflower』(2022)にも脚本家のひとりとしてクレジットされている。
本作の導入部は、時間軸の操作や省略があるので、登場人物それぞれの行動が何を意味するのか判然としない。5人が集まるきっかけは、コンサルタントとして成功を収め、邸宅にひとりで暮らす女性ボマ(ビソラ・アイェオラ)がつく嘘だが、その肝心の場面が描かれるのは終盤で、最初はぼかされている。
ボマはザビエル(カチ・ンノチリ)と一夜をともにし、彼が去ったあとも夢見心地になっている。そこに、前夜クラブで踊っていたファデ(ブクンミ・アデアガ=イロリ/通称キキ)から連絡がきて、彼女との約束をすっぽかしたことに気づく。ボマは事情を説明するためにファデを家に呼ぶ。一方、ボマの家を出たザビエルは、ドナ(ボラジ・オグンモラ)に電話し、ボマが重い病気で、彼女を必要としていると伝える。ドナは、仕事中の夫アジーム(エマヌエル・イクベセ)に電話し、ボマの病気のことを伝え、自分はすぐにボマの家に向かう。アジームもクライアントとの打ち合わせを途中で切り上げ、同じくボマの家に向かう。
こうして登場人物たちが、ドナ→アジーム→ザビエル→ファデの順でボマの家を訪れるが、彼らのやりとりからその関係が見えてくると、冒頭にもいろいろ駆け引きがあったことがわかる。
ボマとドナの夫アジームは長い付き合いの友人同士だったらしい。ボマとドナは、アジームを通してつながり、お互いに親友として付き合っていた。ドナは、男運がないことに悩んでいたボマに、アジームの前に付き合っていた元カレのザビエルを紹介した。ただし、元カレだったことは伏せていた。ボマはザビエルが気に入るが、付き合ううちにドナの元カレで、しかもまだ未練があることを知り、そんな男を紹介した彼女を責め、以後疎遠になっていた。そしてドナの穴を埋めるように親しくしていたのがファデだった。ところが最近、偶然ザビエルと再会したボマは、彼が以前とは変わったように思え、彼の気持ちを惹きつけるために、白血病になったという嘘をついた。
そうしたことを踏まえて冒頭を振り返ってみよう。ザビエルに病気だと嘘をついたボマは、彼がそれを秘密にすると思っていた。ボマと一夜をともにしたザビエルは、その日、仕事があるため翌日に会うことを約束して去った。だからボマは、連絡してきたファデを呼び寄せた。ところが、変わったどころかいまだにドナに未練があるザビエルは、ボマの病気を口実にしてドナをボマの家に呼び寄せようとした(彼はボマがいることをあまり気にしない)。だが、ドナがすぐにアジームにも連絡するとは思わなかったかもしれない。アジームが会議を切り上げてボマの家に向かったのは、ボマを心配したからだけではないかもしれない。彼は、ドナの元カレであるザビエルがボマの病気のことを知らせてきたのが引っかかっていた。
邸宅の一室で向き合う5人のなかで、ボマ、ザビエル、ドナ、アジームはそれぞれに胸に秘めていることがあるが、秘密などどうでもいいと思っているのが、自由奔放に生きているファデだ。ファデを演じるブクンミ・アデアガ=イロリは、”キキ(Kiekie)”の愛称でコメディエンヌとしても活動する強い個性で、4人の関係を揺さぶるように挑発的な態度をとり、引っ掻きまわす。その結果、隠し事が次々に露呈し、意表を突く結末まで場を支配しつづける。作品を量産しながら、人間観察をつづけているようなビオダン・スティーブンらしいトラジコメディといえる。
▼ キキ(Kiekie)のインタビュー
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