荒れ果てた農地を究極の農場へと再生するドキュメンタリー『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』から、さらに視野を広げるポイントを抜き出してみる

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2020年3月に公開されたジョン・チェスター監督のドキュメンタリー『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』(2018)では、大都会ロサンゼルスに暮らしていた夫婦が、思わぬきっかけで夢を追うようになり、荒れ果てた広大な農地を購入し、8年にわたる奮闘によって生態系を再現するような究極の農場をつくりあげていく。

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』

『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
©2018 FarmLore Films, LLC

本作の監督でもあるジョンは野生動物番組のカメラマンで、妻のモリーはシェフ兼料理ブロガー。そんな夫婦が、農場に挑戦するきっかけは、殺処分寸前で保護した愛犬トッドだった。夫婦が留守にするとトッドは吠えつづけ、近所から苦情が寄せられ、ついには立ち退きを余儀なくされる。そこでジョンは、モリーの夢を叶えることが問題の解決策になると考える。その夢とは、伝統農法を活用して、自然と共生するかたちで、あらゆる食材を育てることだった。

夫婦は「伝統農法こそ未来」という考えに共感してくれる投資家を見つけ出し、カリフォルニア州に80万平米(東京ドーム約17個分)の広大な農地を手に入れる。だが土地は枯れていて、再生させる術もない。そこでモリーが、伝統農法の分野で世界的に名の知れた専門家だというアラン・ヨークをコンサルタントとして招き、彼の指導の下で、自然に翻弄されながらも試行錯誤を重ねていく。彼らは作物を育てるだけでなく、鴨、鶏、牛、羊、豚などの動物も集める。やがてそこには、在来の野生生物も引き寄せられてくる。

ジョンとモリーに農業や環境に対するそれなりの問題意識がなければ、これだけの規模の農場をつくろうとは思わないだろうが、彼らはそれをあまり前面には出さない。しかも、多産で農場のマスコット的な存在になる豚のエマやそのエマと仲良くなる仲間外れの鶏のグリーシーなどのエピソードも盛り込まれるので、楽しく観られる。

ここでは、そんなドキュメンタリーから、さらに視野を広げられるポイントを抜き出してみたい。

1. 本作は、たとえばジョシュ・ティッケル監督のドキュメンタリー『キス・ザ・グラウンド:大地が救う地球の未来』(2020)やデイビッド・モントゴメリーの『土・牛・微生物 文明の衰退を食い止める土の話』などと共通するテーマを扱っている。いずれもその背景には「土壌劣化の問題」がある。モントゴメリーはそれを「人類が直面する差し迫った危機の中で、もっとも認識されずにいる」問題だと指摘している。

そこでそれぞれの副題に注目してみたい。「理想の暮らしのつくり方」という本作の副題は個人的な世界を思わせるが、背景やテーマを踏まえるなら、「大地が救う地球の未来」でも「文明の衰退を食い止める土の話」でもまったく違和感がない。

2. 本作でモリーに招かれたコンサルタントのアラン・ヨークは、農場の到達点を自身の目で見ることなく、がんで亡くなってしまう。アランがいなければ本作は成立しなかったと思えるが、彼の背景についてはほとんど説明されない。だから彼がどんな人物で、どんなキャリアを築いてきたのか知りたくなる。ちなみに、興味をそそるようなエピソードをひとつだけ紹介するなら、アランはミュージシャンのスティングと妻のトゥルーディがトスカーナに所有するワイナリー「イル・パラジオ」のコンサルタントも務め、アランが亡くなったときにはスティングがHPで追悼している(「Alan York – we miss you…| sting.com」)。

▼ スティングとトゥルーディ・スタイラーとアラン・ヨークがシスター・ムーン・ワインについて語る。

3. アメリカの環境保護活動家ポール・ホーケン監修の『ドローダウン――地球温暖化を逆転させる100の方法』や『リジェネレーション[再生]――気候危機を今の世代で終わらせる』で取り上げられている「環境再生型農業(Regenerative Agriculture)」は、本作で夫妻が目指す究極の農場にも当てはまる。『リジェネレーション[再生]』では、環境再生型農業の基本となる原則や技術として、「土壌を再炭素化する」、「攪乱を抑制する」、「土壌を被覆する」、「土壌に水分を補給する」、「土壌で生き物を飼う」、「土壌の健康=植物の健康=人間の健康であると認識する」などが挙げられているが、それらが本作にどのように表れているかを確認してみるのも興味深い。

4. 実は『リジェネレーション[再生]』には、本作が取り上げられているのだが、本書が注目しているのは「ミミズ養殖」。本書の「ミミズ養殖(Vermiculture)」のページを読むと、本作におけるミミズの重要性がよくわかる。

5. 2016年に公開されたマルク・フェルケルク監督のドキュメンタリー『あたらしい野生の地―リワイルディング』(2013)では、オランダで干拓計画が失敗し、放棄された土地がその後の45年の間に自然に還る姿が映し出されていた。そこには、「すべてが繋がっていて、なにも無駄にならない」というナレーションも流れる。そんなドキュメンタリーと本作を、生態系をキーワードに比較してみるのも面白いと思う。

まだ増えるかもしれないが、とりあえず5つのポイントが見えてきたので、それぞれのポイントを掘り下げ、記事にしたいと思う。





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