ヘンドラウイルス研究に関するコーネル大学教授ライナ・プロウライトのインタビューから見えてくる生態学者ペギー・イービーの貢献と保有宿主としてのコウモリ研究の重要性

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別記事で取り上げたばかりの疾病生態学者/コーネル大学教授ライナ・プロウライトの新しいインタビューがYouTubeにアップされていた。内容は、オーストラリアのオオコウモリを保有宿主とするヘンドラウイルス研究をまとめたようなものなので、概要は別記事で紹介したことと同じだが、これまで書いてきたデビッド・クアメンの『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』や1994年に始まるヘンドラウイルスのアウトブレイク、何十年もコウモリを観察してプロウライトの共同研究者になる生態学者ペギー・イービーのことなどが頭に入っていると、異なる視点から研究が見えてくるところがあり、非常に興味深かった。

▼ 「飢えたコウモリ、花をつける木、そして死んだ馬-異種間伝播(スピルオーバー)による感染症の物語」――コーネル大学教授ライナ・プロウライトのインタビュー。

動画の冒頭は、ホストのマギー・フォックスによる前置き。地球は、汚染、気候変動、新興感染症といった問題に直面しているが、それらはすべてつながっている。コウモリは地球上のどこでも見られ、害虫を食べたり、花粉を媒介するなど重要な役割を果たしている。コウモリがいなければ、バナナやアボカド、チョコレートなどは存在しないだろう。一方で、彼らは、狂犬病、コロナウイルス、ヘンドラウイルスなどの病原体を媒介する。多くのコウモリは人間から離れた場所に生息しているが、人間の領域が広がるにつれて、コウモリの生息地が破壊され、これまでにない形で人間とコウモリが結びついている。

そんな前置きを踏まえて、ライナ・プロウライトが10年以上に及ぶ研究について語っていく。

『スピルオーバー』デビッド・クアメン著

● 『スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン

プロウライトは2006年頃に最初の手がかりを得る出来事があったと語っているが、クアメンの『スピルオーバー』を読んでいる人には、そのエピソードが興味深く思えるはずだ。クアメンは2006年のある朝にプロウライトと話をしたと書いている。それは、カリフォルニア大学デーヴィス校で学ぶ彼女が、博士課程のフィールドワークのためにオーストラリアに帰国し、ヘンドラウイルスの動態を調査しているときのことだ。

クアメンはそのときのことを以下のように書いている。「そこで彼女と話したのは2006年のある朝だ。オーストラリア北部を通過したサイクロン『ラリー』のせいで川や小川が増水し、一帯は水浸しだった。モンスーンの洪水の中、彼女が再びコウモリを捕まえに出かけるまでに少し時間ができた」

それを踏まえると、プロウライトがインタビューで同じときのことを語っているのがわかる。クアメンの名前こそ出していないものの、「ナショナルジオグラフィック」誌の記者とカメラマンからなる大人数のチームが、彼女のチームの調査を見にきたという。彼女はその取材班に、何千匹ものコウモリが舞う素晴らしい光景を見せられると思っていた。ところが実際にはコウモリを見つけることはできなかった。

オーストラリアの沖合で大きなサイクロンが発生したために、コウモリは餌となる花蜜を得られず、その地域から立ち去ったのだと考えられた。しかし、取材班が去ったあとで研究チームは、そこに残った少数のコウモリを発見した。彼らは飢えて、やつれていて、繁殖もしていなかった。そのサンプルからは、最高レベルのヘンドラウイルスが検出されたため、食糧とヘンドラウイルスをめぐってなにか問題が起こっているという手がかりが得られた。

次にプロウライトの研究が展開を見せるのは、2011年にオーストラリアの東海岸で前例のないヘンドラウイルスのアウトブレイクが発生したときのこと。短期間に、これまで発生した数を上回る17回のアウトブレイクが発生し、すでに別記事で書いたように、ここで生態学者ペギー・イービーが関わってくる。プロウライトはここで、イービーのことを動物行動学の専門家と説明し、なぜアウトブレイクが急増したのか理解するため、イービーと議論したという。

イービーは、馬がヘンドラに感染した現場の付近にいたコウモリが非常に質の悪い餌を食べていたことに気づいた。生き残るために選択の余地がないほど追い詰められていたということだ。そこで食糧不足との関連性を調べ出した。イービーが集めたデータのなかで特に重要なもののひとつが、彼女が良好な関係を築いた養蜂家たちから得られたデータだった。ミツバチもコウモリも花蜜に依存し、多くの場合、餌にする樹種も重なっていた。

ミツバチが餌にありつけなかった時期とコウモリのそれは正確に一致していた。その時期には、野生生物リハビリテーションセンターに大量のコウモリが保護された。その時期のコウモリの行動を調べると、パターンが見えてきた。強いエルニーニョが発生した翌年には、コウモリやミツバチに食糧不足が起こり、コウモリは、原生林を遊牧的に移動する大集団から、わずか数百匹の小さな集団に分かれ、餌を求めて農業地帯や都市部に移動した。ヘンドラのアウトブレイクは、コウモリが、馬がいる農業地帯に移動したあとにだけ発生していた(もちろんイービーの調査についてはすでに別記事で書いているが、このプロウライトの説明はより具体的で、わかりやすいのではないかと思う)。

プロウライトによれば、夏場にはコウモリの餌となる花蜜が得られる森林があるが、冬場に花蜜が得られるのは5種類のユーカリだけで、それらの種はすべて東海岸の沿岸の低地帯に生息している。それは開墾や都市化が進む地域でもあり、過去25年間で既存の冬季生息地の30%が消失したという。そうした冬季の生息地の消失と気候変動の相互作用、コウモリの農地への移動などに基づいて、アウトブレイクが予測できるようになった。

ただし、この予測モデルには、ひとつ必要なピースが欠けていた。プロウライトのチームは、2017年には予測に成功したが、同じ条件に加え、冬の生息地の一部で火災まで発生した2020年には、予測が外れ、何も起こらなかった。そのとき研究チームは、大規模なガムの木の開花があって、そこに20万匹のコウモリが集結していたことを見過ごしていた。そしてここでもプロウライトは、イービーの貢献に言及する。イービーは、大量のコウモリを惹きつけるスポッテッドガムの木の大規模な開花を追跡し、過去のデータを集め、冬場にそうしたガムの木の開花があったときには、アウトブレイクが発生していなかったことを突き止めた。

オーストラリアではすでに大規模な植林プロジェクトが行われており、それらの木の多くのはコウモリが好む木と同じであり、同じように生息地の喪失が懸念されているコアラが好む木でもあり、相乗効果が期待される。また、感染症の流行を防ぐための対策は、生物多様性の危機を回避し、気候変動の対策にもつながっている。

プロウライトは、ヘンドラウイルスの研究が、他のコウモリ由来のウイルスにも応用できると考えている。彼女は、コウモリ由来のコロナウイルスに関して、ウイルスの表面にあるスパイクタンパク質に対する研究は何千何万と存在するのに、コウモリのなかで循環するコロナウイルスに対する研究が一握りにとどまっていることを常々問題視している。

《参照/引用文献》
● 『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン著、甘糟智子訳(明石書店、2021年)




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● 『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン著、甘糟智子訳(明石書店、2021年)
● 『人類と感染症、共存の世紀 疫学者が語るペスト、狂犬病から鳥インフル、コロナまで』デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著、片岡夏実訳(築地書館、2021年)