高地の圧倒的なロケーションとミニマリズムの美学、異様な緊張感を生みだす復讐劇――シャーヒ・カビールが監督デビューを果たしたインド映画『Ela Veezha Poonchira』

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元警察官という経歴をもつシャーヒ・カビール(Shahi Kabir)が脚本家としてデビューを果たしたM・パドマクマール監督のインド・マラヤーラム語映画『Joseph』(2018)は、タミル語、テルグ語、カンナダ語、ヒンディー語でリメイクされ、脚本二作目になるマーティン・プラカット監督の『Nayattu』(2021)は、インド国家映画賞の最優秀脚本賞やケララ州映画賞の最優秀ストーリー賞に輝いた。

そんなシャーヒが、監督デビューを果たしたのが『Ela Veezha Poonchira』(2022)で、彼は本作でケララ州映画賞の最優秀新人監督賞を受賞した。脚本家として頭角を現したのであれば、監督デビュー作はやはり自身の脚本で、となりそうなものだが、本作の脚本に彼の名前はクレジットされていない。脚本を手がけたのは、シャーヒのかつての同僚(つまり警察官)で友人でもあるニディッシュ・G(Nidhish G)とシャジ・マーラド(Shaji Maarad)のふたりだ。彼らは自分たちで書いた本作の脚本を、監督に見せてまわったが、芳しい反応が得られず、最終的にシャーヒにまわってきた。

インド・マラヤーラム語映画『Ela-Veezha-Poonchira』

● インド・マラヤーラム語映画『Ela-Veezha-Poonchira』(2022) シャーヒ・カビール監督

本作を観れば、シャーヒが彼らの脚本、特にその舞台、ロケーションに映画になる可能性を感じたであろうことは容易に察することができる。タイトルになっている”Ela Veezha Poonchira”とはケララ州コッタヤム県にある高地のことを指す。シャヒは警察官時代に、脚本を書いた同僚たちとその場所で訓練を受けたり、働いたりしたことがあったという。その高地から四方を見わたせる頂上には、警察の無線中継局があり、ふたりの警察官が交代で常駐し、アンテナや機器の管理をしている。その無線中継局を中心とした高地が本作の舞台になる。

シャーヒは冒頭からそのロケーションをじっくりと見せる。物語は主人公のマドゥ(サウビン・シャーヒル)が、町からバスに乗り込むところから始まる。風景が山がちになり、バスを降りると、今度は乗り合いジープに乗り換えて、でこぼこしてぬかるんだ山道を揺られながら進んでいく。ジープを降りると今度は徒歩になり、林を抜け小さな川を渡り、大岩があちこちにある草に覆われた急斜面を登っていき、視界が大きく開けると無線中継局が見える。そこにひとりで残っていた警察官プラブーは、翌日には山を下りる予定で、入れ替わりに交代要員がやってくることになっている。

翌日、そこがどんな場所であるのかがわかる出来事が起こる。かつて夫が働いていた場所を一目見ようと、母親がふたりの息子に付き添われて登ってくる。彼らが周辺を散策するうちに天候が怪しくなり、マドゥは、建物の前にいた母親と息子のひとりを屋内に誘導する。その直後に雨が降り出し、雷鳴が轟く。建物から離れた場所にいたもうひとりの息子を心配した家族が駆けつけると、彼は雷に打たれて倒れていた。そこは頻繁に天候が急変し、雷が落ちる危険な場所で、警察の敷地に入ってきた一般人に警告し、引き返させるのも任務のひとつだった。

そして、プラブーが下山し、入れ替わりにスディがやってくる。彼は、到着早々、荷物から酒瓶を出してテーブルに並べ、婚約者と写った待ち受け画面をマドゥに見せる陽気な男だが、厄介なこともする。敷地の見回りをしているときに、一般人に警告するための標識やチェーンをわざと隠し、人気のない場所を探すカップルを誘導し、双眼鏡で覗き見している。それに気づいたマドゥは、すぐにカップルを追い返す。

本作の前半は、アンテナや避雷針の修理、食事、カードゲーム、見学に訪れた警部と部下たちへの対応など、無線中継局での生活を淡々と描き出していくが、半ばで空気が一変する。食べ残しをそこに住みついている犬にやろうと外に出たスディは、犬たちが土を掘り返しているのに気づく。そこは、最近死んだ犬をマドゥが埋めた場所のはずだったが、土から一部が露出しているのは明らかに人間の手だった。次の瞬間、背後に気配を感じたスディが、振り向かずに地面を見ると、背後の影は彼に向かって銃を構えていた。恐怖を感じた彼は、人間の手に気づかなかったふりをしてさっと埋め戻し、何もいわずにそそくさと建物に引き返す。

無線中継局では、周辺地域の無線連絡が流れているが、しばらく前に女性の体の一部が発見され、他の部分の捜索や身元の割り出しなど、警察の動きが慌ただしくなっていた。それを知るスディは当然、激しく動揺し、淡々としているように見えたドラマは、限定された空間を舞台にした異様な緊張感に満ちたスリラーに変貌する。スディは、なんとかして外部と連絡をとろうとするが、彼のスマホはマドゥがひそかにSIMカードを傷つけ、無線もマドゥが監視の目を光らせ、制御していた。

先述したように本作では、シャーヒが脚本を書いているわけではないが、その世界は彼の脚本家デビュー作『Joseph』に通じるものがある。ジョセフと同じように、本作のマドゥもトラウマを抱えている。どちらの作品も前半と後半で空気が変わるが、振り返れば一貫して主人公の内面が掘り下げられ、最終的には感情が際立つ。本作の冒頭で徒歩で無線中継局に向かうマドゥは、枯れ枝の山に血がついているのに気づいて動揺する。無線中継局に着いた彼が、銃の弾倉に弾をこめる姿や、スディがやってきたのを見て、冷凍庫から肉の塊を取り出して料理するのにも意味があったことがわかる。

マドゥは、誰にも直接手を下すことなく、復讐のための完全犯罪をなし遂げようとする。ただそこにはひとつ穴があったが、おそらく彼の感情を理解するある人物が、助け舟を出すあたりも心憎い。