救いがたくもつれる双子の警察官の運命、『羅生門』形式で幕を開け最後は『オールド・ボーイ』的な衝撃が待ち受けるロヒット・M・G・クリシュナン監督のインド映画『Iratta』

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ジョジュ・ジョージが二役で双子の警察官を演じるインド・マラヤーラム語映画『Iratta』(2023)は、新人のロヒット・M・G・クリシュナン監督の長編デビュー作だが、Cinema Expressのインタビュー記事「Rohit MG Krishnan: The initial draft of Iratta didn’t have twins」に書かれている本作誕生の背景が興味深い。

ロヒットは、郵便局でシステム管理者として働きながら、独学で映画を学び、短編映画を作ってスキルを身につけた。2017年に『Iratta』の脚本を思いついたあと、しばらくの間あちこちに売り込みをかけ、ついにジョジュ・ジョージに手に渡った。それからジョジュが『Nayattu』(2021)で組んだ監督マーティン・プラカットも興味をもち、ふたりが共同でプロデュースすることになった。

ロヒットによれば、最初の草稿にはジョジュが二役を演じるような設定はなかった。二人の俳優が兄弟を演じる予定だった。ジョジュのほうから彼が二役を演じるのはどうかという提案があり、双子というコンセプトを取り入れて、脚本を調整したという。その違いは大きい。ヴィジュアル面も含め、最後の衝撃が違ったものになるからだ。

インド・マラヤ―ラム語映画『Iratta』

● インド・マラヤ―ラム語映画『Iratta』(2023) ロヒット・M・G・クリシュナン監督、ジョジュ・ジョージ主演

本作の導入部は、警察署で起こった事件をめぐって、『羅生門』形式の構成で展開していくように見える。ヴァガモン警察署の広場で、大臣も参加するイベントの準備が進められ、住人や報道陣が集まっている。そのとき突然、警察署内から3発の銃声が響き渡る。広場にいた警察官たちが駆けつけると、勤務中だったヴィノド・クマール副警部補が、胸に銃弾を受け、血を流して倒れていた。警察署の敷地がすぐに封鎖され、広場にいた住人や記者が足止めされる。事件発生時、ヴィノドとともに署内にいたのは、ジョン、サンディープ、ビニーシュという3人の警察官だった。事件の捜査にあたるのは、ヴィノドと双子の兄弟で、病院で発作の治療を受けていて急遽呼び出されたプラモド副警視、ヴィノドの直属の上司のサティーシュ副警視、そしてサヴィータ警視だ。

そんな状況で、3人の警察官それぞれが聴取されることになるので、構成としては『羅生門』形式になるが、事件発生時の彼らの行動については、隠れて酒を飲んで妻と電話で話していたというような、恥ずかしい事実は出てきても、事件に直接関係するような証言は得られない。それでもこの構成に意味がないわけではない。

彼らの証言から、警察官としてのヴィノドの素行にいかに問題があり、同僚たちが迷惑をこうむっていたかが明らかにされる。ヴィノドは酒癖も女癖も悪く、トラブルを引き起こしていた。なかでもビニーシュの証言は、それを聞いていた双子のプラモドに重くのしかかる。それは、酔った3人の若い男女の争いに、たまたまそこに居合わせたビニーシュとヴィノドが割って入ったときのこと。粗暴なヴィノドが、生意気な口をきく若者を激しく蹴り飛ばす。それに激昂した若者の恋人が、酒瓶を手にしてヴィノドに反撃しようとするが、ヴィノドがよけたため、隣にいたもうひとりの若者の頭に当たってしまう。ビニーシュは、けがをした若者を病院に運ぶ手配をするが、現場に戻ると、ヴィノドが、反撃しようとした女性を怒りにまかせてレイプしたあとだった。

そこから物語は、事件の捜査にフラッシュバックを交え、ヴィノドとプラモドの生い立ちを描き出していく。ふたりの父親は粗暴な警察官で、家族を苦しめてきたが、両親が別れるときに、その父親が無理やりヴィノドを引き取ったため、双子の絆に亀裂が入り、異なる人生を歩むことになる。

ふたりはともに警察官になった。プラモドが副警視で、ヴィノドが副警部補という階級の違いには、対照的な人生が反映されているように見えるが、フラッシュバックはそうではないことを物語る。プラモドには、アルコール依存症で生活が荒れ、妻と娘に捨てられた過去があり、いまでもそれを悔やんでいる。荒れていたヴィノドには、ある女性との出会いがあり、立ち直る兆しが見えていた。ジョジュ・ジョージは、二役を通して単純に対照的な人物を演じているのではなく、違う立場でそれぞれに苦悩を抱えた人物を演じ分けている。

ヴィノドとプラモドの運命は救いがたくもつれあい、あまりにも恐ろしく、そして残酷な結末を招き寄せる。この捜査では、プラモドの洞察力によって何が起こったかが明らかになっても謎は深まり、何でそれが起こったかがわかったとき、『オールド・ボーイ』を想起させるような衝撃に見舞われることになる。