ナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデが『アフリカ 希望の大地 11億人のエネルギーと創造性』のなかで、お気に入りのノリウッド・コメディに挙げていた『ジェニファ』のシリーズで国民的スターになり、すでに取り上げた作品では、トゥンデ・ケラニ監督の『Maami』(2011)やカヨデ・カスム+ダレ・オライタン監督の『Dwindle』(2021)に出演していた女優フンケ・アキンデレ。『Your Excellency』(2019)はそんなアキンデレの初監督作品になる(ちなみに、俳優ラムジー・ノアも同じ2019年に『Living in Bondage: Breaking Free』で監督デビューを果たしている)。
本作の主人公は、第13代ナイジェリア大統領の座を目指す億万長者のビジネスマン、オラレカン・アジャディ(アキン・ルイス)。これまで3度落選しているが、懲りずに腹心のフレッドとともに4度目の挑戦をする。妻のケミ(フンケ・アキンデレ)は、そんな夫に呆れながらも彼をサポートする。
ところが今回は状況が変わる。アジャディが属するRPN(ナイジェリア共和党)よりも強力なDAC(民主行動会議)が資金難に陥っていて、アジャディに白羽の矢を立てる。大統領選をエサに彼を党に迎え入れ、資金だけを調達しようとするのだ。アジャディは深い考えもなくこのオファーを受け入れるが、DAC党幹部の思惑は外れる。DACの予備選で、勝利確実といわれた元大臣の候補者を、アジャディが僅差で破ってしまう。そこからアジャディ夫妻の予想外の快進撃がはじまる。
本作では、ソーシャルメディアやテレビの影響がさまざまなかたちで描かれる。ドラマには、エキ・アドゥア=エヴァンス(エク・エドワー)がキャスターを務めるテレビ番組「エキ・トークス」が頻繁に挿入される。アジャディのライバルになる名家出身の若いマイケル・イデヘン(デイェミ・オカンラウォン)は、その番組に出演したときに独身であることが強調され、彼の妻探しがトレンドになる。
ミュージシャンのカチ(アレックス・エクボ)は、最初は選挙戦にどう絡むのかが見えない。彼は、妻のキャンディ(オサス・イゴダロ)がソーシャルメディアにのめり込み、フォロワーを増やすために、ともにリアリティ番組に出演し、曲づくりの時間が奪われている。そんなある日、彼の曲が、アジャディの選挙キャンペーンに無断で使用されていることに気づく。カチはすぐに抗議するが、その曲に合わせたアジャディ・ダンスがSNSで拡散され、大ブレイクすることになる。
▼ フンケ・アキンデレ監督『Your Excellency』(2019)予告
監督のフンケ・アキンデレは、おそらくソーシャルメディアやテレビに影響される大統領選のドタバタを描くコメディをつくろうとしたのだろう。但し、ここで見逃せないのは、ドナルド・トランプが冒頭から結末まで頻繁に引用されることだ(本作は2016年の大統領選に勝利したトランプの第一期就任中につくられている)。ちなみにこれは余談になるが、バラク・オバマも少しだけ引用される。先述した若い候補マイケル・イデヘンの父親である教授(ビンボ・マヌエル)は、息子をオバマに重ね、早くミシェルを見つけるようにとアドバイスする。
アジャディはトランプの影響を受けている。本作の冒頭では、アジャディがトランプの写真を見ながら、その表情を真似ようとしている。彼は「ナイジェリアを再び偉大に」というスローガンを掲げている。その先のドラマでも事あるごとに自分をトランプと比較する。これに対して終盤でケミが、トランプと自分を比較するのをやめるように諭す。彼女は、「トランプと違って、あなたは優しいし、報復もしないし、人種差別主義者でもない。共通しているのはツイートすることだけよ」と語る。彼もそれを認め「私はトランプとは違う。女性に優しいし、みんなを尊敬している」と語る。すると彼女はさらに皮肉を繰り出す。「もうひとつ違いがある。あなたは妻を愛している」といって、大笑いをする。そして本作の終盤には、そんな流れを受けるように、トランプをもっと直接的にコケにするエピソードが盛り込まれている。
本作はトランプの存在をうまく利用しているように見える。アジャディはトランプの影響を受けて注目を集めていくが、違いをしっかり確認することでトランプから離れ、虚実が入り乱れたメディアサーカスからも解放され、本来の自分に戻っていく。確かに表面的なストーリーはそのようになっている。しかしここで思い出さなければならないのは、トランプの躍進とともに広く認知されるようになったのが、客観的な事実や証拠よりも感情が優先される”ポストトゥルース”だということだ。そして、アジャディがトランプから離れたとしても、ある大失敗によって物語がハッピーエンドを迎えたとしても、ポストトゥルースがトゥルースに戻ったことにはならない。
《参照/引用文献》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)
《関連リンク》
● 「ポストトゥルースに操られる社会を大胆にして緻密な構成と演出で暴き出す法廷劇――ディジョ・ジョゼ・アントニー監督のインド映画『Jana Gana Mana』」
● 「選挙のためなら手段を選ばない政治家に陥れられ、殺人犯として必死の逃亡を余儀なくされる3人の警察官たち――マーティン・プラカート監督のインド映画『Nayattu』」
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