裏切りの物語は、グリオ(語り部)が誕生するための試練や儀式になる――アデオルワ・オウ監督のナイジェリア映画『The Griot』

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アデオルワ・オウ監督の『The Griot』(2021)は、グリオ(語り部)のサンミ(テミロル・フォスド)が、村の若者たちに物語を語って聞かせるところからはじまる。サンミはその語りの技能によって、別格扱いされているが、実は彼はグリオではない。本作の主人公はサンミの友人ラクンレ(ラティーフ・アデディメジ)だ。ラクンレは物語を創作するたぐいまれな能力を備えているが、根っからの臆病者であるため人前で語ることができず、親友のサンミに密かに提供している。

ラクンレは村で一番の歌い手であるティワ(グッドネス・エマヌエル)に想いを寄せているが、直接伝えることができないため、親友のサンミに頼む。だが、サンミもティワを想っているため、協力するふりをして正しく伝えない。その頃、サンミの語りの評判が病を抱える王の耳に届く。サンミが王の前で物語を語ると、病が改善したため、サンミに首長の地位が与えられる。一方、ラクンレとティワは、気持ちが通じ合うようになるが、それに嫉妬したサンミは、王にティワとの結婚を願い出て、ティワの両親も大喜びで準備をはじめてしまう。

▼ アデオルワ・オウ監督『The Griot』(2021)予告

本作はグリオ(語り部)を題材にしているが、ひとつ前提となることを確認しておくべきかもしれない。グリオが、世襲制の音楽家/語り部を意味する世界があるが、本作の場合はそれに当てはまらない。

この物語はシンプルに見えるが、よくできている。物語がはじまった時点で、そこにグリオは存在しない。物語が創作できないサンミはもちろんグリオではない。ラクンレの臆病な性格は重症で、本人もとても治せるとは思っていない。また、サンミを親友だと思っている彼は、物語を提供していることを秘密にし、以前からラクンレを想っているティワですら、彼に創作の才能があることを知らない。それでもラクンレとティワは、想いが通じ合えば満足で幸せではあるが、彼女の両親は臆病者を絶対に受け入れないし、グリオが誕生することもない。サンミの裏切りは、ある意味で、グリオが誕生するための試練であり、儀式であるといえる。

ただ、ひとつ悩ましいのは、本作が、植民地化以前のヨルバ族の文化を題材にしているにもかかわらず、英語を中心にしたドラマになっていることだ。ラティーフ・アデディメジの2019年の出演作品には、ヨルバ族の文化を題材にしたものが少なくとも2本ある。1本は、トゥンデ・ケラニ監督の『Ayinla』。アデディメジは、ヨルバ族のアパラ・ミュージックのレジェンド、アインラ・オモウラを演じている。実際のアインラがどうだったのか定かではないが、彼が演じるアインラは英語がまったくわからないという設定になっている。

アデオルワ・オウ監督も、ヨルバ族の文化や言語に無頓着とは思えない。たとえば、『Adire』(2023)では、ラゴスからオヨ州の田舎町に逃亡した娼婦のアサリが、住人に名前を尋ねられて、とっさにヨルバ族の藍染アディレからの連想でアディレを名乗る。本作ではなにか狙いがあって英語中心のドラマにしているのではないか。時代考証や登場人物たちの衣装も、決して厳密なものではなく、逆に時代背景を曖昧にし、現代の語り部として物語を描こうとしたようにも思える。そうした意図がなければ、前後するタイミングでヨルバ語の魔術師ともいえるアインラ・オモウラを演じたアデディメジが、英語で物語を語るグリオを演じることは難しかったのではないか。