ルーベン・オダンガ監督の『Nafsi』(2021)のヒロインは、夫のセバスチャン(アルフレッド・ムニュア)とナイロビ郊外の住宅に暮らす主婦アイシャ(ムンビ・マイナ)。夫婦は子供ができない悩みを抱えている。物語は病院でアイシャが診察を受け、医師から子宮外妊娠であることを告げられた夫婦が落胆するところからはじまる。
セバスチャンは口数が減り、仕事を優先して外で過ごすことが多くなる。アイシャはそんな夫の変化に苛立っている。その頃、アイシャの親友シコ(キャサリン・カマウ)は、恋人のクラレンス(アレックス・ムワキデウ)が出身地の村に妻がいるのを隠していたことを知る。気が収まらないシコは、彼を置き去りにして、アイシャのところに転がり込む。アイシャは大歓迎だが、セバスチャンはいい顔をしない。
ともに男に不満を抱えるアイシャとシコは、気晴らしに南部のウクンダまで足を延ばし、ビーチリゾートで週末を過ごすことにする。シコはその旅のなかで、子供ができないことがいかにアイシャを苦しめているかを痛感し、意を決して代理出産を提案する。セバスチャンは戸惑うが、アイシャに説得され、提案を受け入れる。こうしてアイシャの望みは叶うかにみえるが、予想外の出来事が次々に起こり、負のスパイラルに巻き込まれていく。
▼ ルーベン・オダンガ監督のケニア映画『Nafsi』(2021)予告
オダンガ監督が代理出産に着目するのは、ケニアの実情と無関係ではないだろう。ケニアには代理出産を禁じる法律がないので、認められているが、それを円滑に行うための明確な規定も整備されていない。その隙間を利用して、外国人向けの代理出産のビジネスが成長しているらしい。そして規制されていないだけにトラブルも起こる。
アイシャとセバスチャンの子を宿したシコは、やがてクラレンスのもとに戻ろうとする。だが、クラレンスは、何の相談もなく代理出産に踏み切ったシコに激怒し、彼女を階段から突き落とす。シコは病院で検査を受け、胎児に落下の影響はなかったが、軽度のダウン症候群の可能性があることが判明する。さらに、シコが再びアイシャのもとに身を寄せようとすると、そのアイシャ自身が妊娠したことがわかる。
そこからドラマはいろいろな意味で修羅場と化していく。アイシャとセバスチャンが目先の幸福を手にするために豹変する様子はほとんどホラーに近い。しかし本作は、代理出産をめぐるトラブルだけでは終わらない。支えを失った中流家庭の脆さが露呈する。
アイシャは、以前、家に訪ねてきて、セバスチャンから紹介された彼の友人ビコ(アレックス・カヨ)が、実は同性愛者の恋人だったことを知り、激しいショックを受ける。アイシャが子供をもつことに執着するのは、夫婦のためだけでなく、厳格な父親に受け入れられるためでもある。子供をもつことの幻想に囚われたアイシャは、ついには犯罪に手を染めることになる。
ケニアでは法律によって同性愛が禁じられていることもあり、セバスチャンとビコの関係は間接的に表現されている。