ジェニファー・ガテロ監督の『Nairobby』(2021)を観て、クエンティン・タランティーノの『レザボア・ドッグス』を思い出す人は少なくないだろう。だが、その比較にはあまり意味があるとはいえない。
物語は、暗がりに止まった車から複数の人影が飛び出し、廃墟の建物まで必死に走るところからはじまる。殺風景な広間に落ち着いた5人の男女が口論するうちに、まだひとり着いてないことに気づく。しばらくして、足に深手を負った若者が現われ、そこに横たわる。彼らのやりとりから、次第に状況が見えてくる。
6人の男女は同じ大学に通う学生で、学長室から3700万Ksh(ケニアシリング)を盗み出す計画を立て、金は持ちだしたものの、解除するはずだった警報が鳴り、警備員に追われ、顔を見られているかもしれなかった。
本作では強盗のシーンはまったく描かれない。舞台は、6人が潜伏する廃墟の建物にほとんど限定され、目まぐるしく変化する彼らの関係、深まる亀裂が描き出されていく。彼らが強盗を計画したのは、学長(ジャック・チェゲ)に抵抗するためだった。学長は、経済的に恵まれない学生のために募金活動を企画し、政府の有力者たちも招いてスピーチを行い、大金を集めた。彼らは、学長がその金を新車など、私的に流用していることを確信し、自分たちで奪ってそれを必要としている学生たちに配ろうと考えていた。
だが、廃墟のなかで彼らの関係が揺らいでいく。深手を負ったニック(モーゼス・ガソガ)は、出血が止まらない。彼の恋人らしいターシャ(ローナ・レミ)は、彼を病院に運ぼうと考えるが却下される。ニックの親友カマ(マーティン・ンディチュ)はグループのなかで唯一の医学生だったが、彼の手に負える傷ではなかった。
ヴィヴィアン(ジェリタ・ムワケ)は彼女の恋人らしいヨブラ(サンチェス・オンバサ)を別室に誘い、ふたりで高飛びして店を開く計画を持ちかける。ターシャはニックが息絶えていることに気づき、打ちのめされる。その死体を別室に運んだヨブラとオティ(ネヴィル・イグナティウス)は、ニックが計画にない銃を所持していたことに気づき、ヨブラがそれを預かる。ふたりは、しばらくしてカマがニックの死体からなにかを探すのを目にする。
▼ ジェニファー・ガテロ監督『Nairobby』(2021)予告
その後も、閉ざされた空間で、個人の秘密や、真偽が定かではない情報、見えないところでの駆け引きが露見し、さらに信じがたい事実が明らかになることによって、5人がそれぞれに疑心暗鬼にとらわれ、銃がものをいう危険な状況に陥っていく。
そこで冒頭の話に戻るが、これがケニア映画であることを踏まえると、そこに『レザボア・ドッグス』とは違った意味が見えてくる。ニック・レディング監督の『Ni Sisi(英題:It’s Us)』(2013)やジュディ・キビンゲ監督の『Something Necessary』(2013)、あるいはオドンゴ・ロビー監督の『Bangarang』(2021)といった作品で掘り下げられていたように、ケニアでは政治家の扇動によって民族が対立し、血を流し合う悲劇が人々に傷痕を残している。
本作の終盤に盛り込まれたどんでん返し、あるいは、「互いに争うことにかまけていればシステムと闘うことはできない」というメッセージは、そうした悲劇と無関係ではないだろう。
《関連リンク》
● 「2007年~2008年のケニア危機を乗り越えるために生まれた舞台劇の大胆な映画化――ニック・レディング監督のケニア映画『Ni Sisi(英題:It’s Us)』」
● 「2007年大統領選後の暴動に起因する苦悩や葛藤を被害者と加害者の両面から掘り下げる――ジュディ・キビンゲ監督のケニア映画『Something Necessary』」
● 「実話にインスパイアされ、選挙後の民族対立や暴動、警察官による暴力に警鐘を鳴らす――オドンゴ・ロビー監督のケニア映画『Bangarang』」