ジュディ・キビンゲ監督の『Something Necessary』(2013)の冒頭には、以下のような前置きがある。
「2007年、ケニア。
大統領選挙の結果をめぐって論争が巻き起こり、広範囲にわたる暴動に発展した。
政治家たちに扇動された失業中の若者たちが暴徒化し、全国各地で街頭に繰り出した。
本作の登場人物たちは架空の人物だが、物語は事実である」
これだけでは説明が十分ではないので補足しておこう。筆者がよく参照するナイジェリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダヨ・オロパデの『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』では、以下のように説明されている。「2007年のケニアの大統領選、現職のムワイ・キバキと対立候補のライラ・オディンガ、それぞれの支持者たちが何週間ももみあい、約1200人の死者を出し、暴動で35万人が家を失った」。この事件は、選挙の操作に対する抗議が民族間の対立へとエスカレートし、人々や社会に深い傷を残した。
本作は、以前取り上げたニック・レディング監督の『Ni Sisi(英題:It’s Us)』(2013)と同じように、この事件以後を題材にしている。『Ni Sisi』では、暴動で母親を亡くした少女ロクサーナが、主人公ジャバリの母親たちに引き取られ、村にやってくるところからはじまり、国政選挙とともに悲劇が繰り返されそうになる。それに対して本作では、暴動に起因する苦悩や葛藤が、被害者と加害者の両面から掘り下げられていく。
アン(スーザン・ワンジル)は、自分が看護師として働いていた病院のベッドで意識を取り戻す。彼女が看護師の仕事と両立させながら夫と営んでいた農場”ヘヴン”は、暴徒と化した若者たちに襲撃され、火をつけられた。夫は亡くなり、息子のキトゥル(ベンジャミン・ンヤガカ)は昏睡状態で同じ病院に入院していた。アンは車椅子からリハビリをはじめる。病院を訪れた彼女の姉ガソニ(アン・キマニ)とのやりとりから、アンはキクユ族で、これまでカレンジン族の土地に暮らしてきたことがわかる。ガソニはアンに、キクユ族の故郷に戻ることを勧めるが、歩けるようになったアンは、農場を再建する準備をはじめる。
▼ ジュディ・キビンゲ監督『Something Necessary』(2013)予告
その一方で、大統領選後に暴徒と化して略奪を行った若者たちが、ある場所に集合している。彼らは、対立していた政治家たちが和解したことを伝えるニュースに不満をぶちまけ、自分たちの土地を守るために戦いつづけると気勢をあげる。だがそのなかに、奪った金の分け前を受け取ろうとしない少年がいる。その少年ジョセフ(ウォルター・ラガット)が罪悪感を口にすると、つまはじきにされる。
ジョセフは学校で優秀な成績をおさめていたが、母親には学費を払う余裕がなく大学を諦めざるをえなかった。彼は穀物倉庫で荷物の積み下ろしをする作業員になる。ところが、ジョセフをつまはじきにした仲間たちが現われ、グループに戻ることを拒む彼を徹底的に痛めつける。数日寝込んだジョセフは、仕事を解雇される。そんな彼に、倉庫でいっしょに働いた同僚が声をかけ、トラックの積み下ろし作業を紹介する。トラックの荷台に乗った彼が到着したのは、再建をはじめたアンの農場だった。ジョセフは、そこが自分たちが襲撃した農場だと気づき、激しく動揺する。そして、アンに気づかれないように、罪滅ぼしをしようとするのだが…。
アンが自分を立て直し、農場を再建していく道はとてつもなく険しい。そのなかには、あまりにも痛々しすぎて、言葉にできないようなエピソードもある。ジュディ・キビンゲが女性監督であるからこそ、それが描けるのかとも思う。若者たちが暴徒化する背景には、民族による格差がある。アンとジョセフは、対極の立場からそれを乗り越えようとするが、執拗な同調圧力が立ちはだかる。キビンゲは、そんな残酷な現実をリアルに描き出している。
ドイツ人の監督トム・ティクヴァがアフリカの映画人を育成するために立ち上げた映画ワークショップ「One Fine Day」については、実際にその支援を受けて生まれたハワ・エスマン監督の『Soul Boy』(2010)やデヴィッド・”トシュ”・ギトンガ監督の『Nairobi Half Life』(2012)を取り上げたときに触れているが、実は本作もその「One Fine Day」の支援を受けている。ただし、キビンゲ監督の場合は本作を手がけた時点ではもはや新人ではなかった。彼女は、2002年に『Dangerous Affair』で監督デビューしてから10年以上経過していて、すでにケニアを代表する女性監督になっていた。
最後に本作について語る彼女のインタビューも貼っておこう。本作の脚本を手がけたのは、ムンガイ・キロガとJ・C・ニアラだったが、キビンゲの意向で加害者の視点も掘り下げることになったようだ。「One Fine Day」のワークショップについても語っている。
▼ ジュディ・キビンゲ監督インタビュー
《参照/引用文献》
● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)
《関連リンク》
● 「2007年~2008年のケニア危機を乗り越えるために生まれた舞台劇の大胆な映画化――ニック・レディング監督のケニア映画『Ni Sisi(英題:It’s Us)』」
● 「ナイロビのキベラスラムに住む少年が父親の魂を取り戻すため、与えられた7つの課題を克服しようとする神話的物語――ハワ・エスマン監督のケニア映画『Soul Boy』」
● 「ナイロビでどん底から這い上がるために窃盗グループと劇団を往復する苦悩が最後の瞬間に集約される――デヴィッド・”トシュ”・ギトンガ監督のケニア映画『Nairobi Half Life』」
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● 『アフリカ 希望の大陸 11億人のエネルギーと創造性』ダヨ・オロパデ著、松本裕訳(英治出版、2016年)