以前の記事「キャベツを刻まずに丸ごと発酵させるバルカン・スタイルのザワークラウトのつくり方を比較・観察してみる」では、キャベツをまるごと発酵させるのが一般的なバルカン諸国に注目し、まるごとサワーキャベツのレシピをいくつか取り上げ、比較・観察してみた。そのバルカン諸国のひとつルーマニアのブコヴィナという地域にある小さな町ミリショウツィでは、農業を営む住民たちが、それぞれに自宅の裏庭に巨大な木樽を所有し、大量のまるごとサワーキャベツを仕込むことから、ザワークラウトの故郷としても知られているという。
ちなみにこの町の名前、読み方が難しいので発音を確認することもできる。
そのミリショウツィの農家さんが、巨大な木樽に大量のまるごとキャベツを仕込む作業を動画で見ることができる。
この動画では、作業は3人掛かり。収穫したキャベツを乗せたトラックの荷台にひとり、木樽にかけた梯子のうえにひとり、そして巨大な樽のなかにひとりで、キャベツをパスしていき、樽の底から積み上げていく。3~4トンのキャベツがおさまってしまうらしい。キャベツが樽の上部まで埋まったら、樽を塩水で満たし、木製の蓋を置き、水の入ったポリタンクを重しにして作業終了。
もう1本の動画も、作業は同じだが、樽の大きさやキャベツの量以外にも驚きがある。
動画を見ればわかるように、キャベツが樽の上端まで達してもまだ積み上げ、山になっている。樽を塩水で満たしても、すぐにはキャベツは下がりはしない。そのキャベツの山の上に木製の蓋を乗せ、長い棒をわたして、両端に重しを吊るして圧力をかける。
かなりのキャベツが塩水から出たままで、衛生的に問題はないのかとも思うが、すこし時間がかかっても、キャベツが塩水に完全に浸かりさえすればかまわないのだろう。ここで思い出すのは、前の記事「ザワークラウトなど野菜を発酵させるとき容器のなかではなにが起きているのか、発酵がたどる3つの段階をわかりやすく説明した動画が勉強になった」で書いたことだ。
巨大な木樽のなかで起こっていることも、基本的には変わらない。小さな容器よりも時間はかかるが、まるごとキャベツは3つの段階をたどって発酵していく。キャベツの内部にはまだ空気が残っているので、酸素を利用する大腸菌のような微生物が最初に繁殖する。だが、そうした好気性の微生物が酸素を使い果たすと、環境が変化し、嫌気性で耐塩性があるリューコノストック属のような微生物が繁殖し、ヘテロ型乳酸発酵によって、乳酸だけでなく、酢酸、エタノール、二酸化炭素などを生成し、塩水を押し上げ、酸性度を高める(pH値を低下させる)。そして、酸性度の変化によって第2段階の微生物の生存が困難になると、今度は嫌気性、耐塩性、そして耐酸性のあるラクトバチルス属のような微生物が繁殖して乳酸を生成し、pH値が4.5を下回り(理想はpH値3~4.0という)、酸性を好む微生物以外のほとんどの微生物が生育できない環境になる。
発酵したまるごとサワーキャベツを見ると、一個一個が見事にぺしゃんこになっている。そこまでかさが減ると、木樽の上端からはみ出していたキャベツの山も間違いなく塩水に浸かる。そうすれば、まるごとキャベツはすべて上記のような段階を経て発酵する。経験でそれがよくわかっているから、仕込むときにあれほど高くキャベツを積み上げるのだろう。