気候変動、海面上昇の危機は、そこに生きる人々の歴史も炙り出す――ルイジアナ州南部、沈みゆくジャン・チャールズ島に暮らすアメリカ先住民の歴史と未来

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米ルイジアナ州南部にあるジャン・チャールズ島が、ミシシッピ川の治水によるデルタへの堆積物の消失、地球温暖化による海面上昇や度重なるハリケーンの襲来、石油掘削にともなう水路への海水の流入などによって急速に侵食され、沈みゆく運命にあることは、以前の記事「映画『ハッシュパピー バスタブ島の少女』のロケ地にもなった、海面上昇で沈みゆく米ルイジアナ州のジャン・チャールズ島――エリザベス・ラッシュ著『海がやってくる』」で触れた。

だが、この危機には、もうひとつ見逃せない重要な要素がある。そもそもジャン・チャールズ島にはなぜアメリカ先住民が暮らしていたのか。また、なぜひとつの部族ではなく、「ビロクシ=チティマシャ=チョクトー族」というように、複数の部族の共同体になっているのか。

『海がやってくる』エリザベス・ラッシュ

● 『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』エリザベス・ラッシュ著

そんな疑問に答えてくれるのが、ノンフィクション作家/写真家エリザベス・ラッシュの『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』だ。その副題が示唆するように、ルイジアナ州のジャン・チャールズ島やフロリダ州のマイアミビーチ、スタテンアイランドのオークウッドビーチなど、アメリカ国内で海面上昇が急速に進む地域と住み慣れた土地を離れるかどうかの決断を迫られる住人に光をあてたノンフィクションだ。ラッシュは、沈みゆくジャン・チャールズ島へ来る前に、ルイジアナの湿地帯の歴史について調べていた。

「チティマシャ族は現在のルイジアナ州中心部に6000年にわたって居住してきたと言われている。ヨーロッパ人到来に伴う暴力を前に、18世紀および19世紀にミシシッピ川下流に沿って南に移住し、ビロクシ族およびチョクトー族とほぼ同時期にミシシッピ・デルタの奥地に到着した。ビロクシ族とチョクトー族は、フロリダでの凄惨なセミノール戦争のあと、先祖伝来の故郷から撤退してきたのだった。
 多くの異なる先住民グループが大陸の周辺に位置する沼に集まったのは偶然ではない。ノバスコシアや、1755年にイギリス人がカナダの州とするその他の地域から追い出された、アカディア人[アカディア半島(現ノバスコシア州)のフランス系入植者]も同様である。多くのヨーロッパ本土人が居住不可能とみなした沼での生活は、生き残るために共有されたある種の戦術なのだった。そしてアカディア人とアメリカ先住民は、ともにこの場で栄えたのである」

一般的には居住に適さないと思われる場所に移住するのにはそんな背景があり、気候変動や海面上昇による危機が、排斥された少数派の人々の歴史を炙り出すことにもなる。

『世界から青空がなくなる日』エリザベス・コルバート

● 『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』エリザベス・コルバート著

一方、自然に対してさらなるコントロールを試みる人新世の現実を浮き彫りにするエリザベス・コルバートの『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』では、ラッシュとは異なる視点からジャン・チャールズ島の住人のルーツに光があてられている。コルバートは、元住民ボヨ・ビリオとの対話の流れで、以下のように綴っている。

「がっしりした体格のビリオは、しゃがれ声と白髪まじりのヤギひげの持ち主だ。彼の先祖をさかのぼっていくと、1800年代はじめにこの島に名を与えたジャン・チャールズ・ネイキンにたどりつく(ジャン・チャールズ・ネイキンは海賊ジャン・ラフィットのなかまだった)。ネイキンのひとり息子ジャン・マリーはネイティブアメリカンの女性と結婚し、父に勘当されたあと、この島に逃げてきた。ジャン・マリーの子どもたちも三つの先住民族、ビロクシ、チティマチャ、チョクトーの血を引く相手と結婚した。その子どもたちのほとんどは島にとどまり、結びつきの強い、おおむね自給自足でまわる独自の社会を築いた」

ちなみに、コルバートが参照しているのは、ジャン・チャールズ島の歴史や最新情報が公開されている「The Island――Isle de Jean Charles, Louisiana」で、そちらを読むと、最初にネイキン家を含む4家族がそこに定住するようになり、住民たちはほとんどがその4家族の子孫であるようだ。

ジャン・チャールズ島は、冒頭に挙げた原因によって1950年代から現在までに、90平方キロメートルから1平方キロメートルほどにまで縮小し、98%を超える面積を失った。そして島を襲うハリケーンの被害が大きくなるに従って、島を去る人々の数も増えていった。ボヨ・ビリオと彼の娘のシャンテル・カマーデルは、1980年代に立て続けにハリケーンに見舞われたあと、他の肉親とともに島を離れたという。

そこで注目したいのが、島の住民と島を離れた人々の関係、そして島が消滅することを前提とした移住の計画だ。

「島の住民とすでに島を離れた家族は、ほぼ全員が<ビロクシ・チティマチャ・チョクトー族のジャン・チャールズ島団(バンド)>のメンバーだ。カマーデルは団の書記、ビリオは副団長を務めている。団長はビリオのおじだ。島と本土を結ぶ道路が、そしてやがては島そのものが洗い流される運命にあると判明したあと、コミュニティ全体を本土へ移住させる計画が立てられた。第一段階の費用として、団は5000万ドルの連邦政府補助金を申請し、2016年に認められた」

この引用では団長の名前がわからないが、ラッシュの『海がやってくる』に登場している。そちらでは族長と表記されるアルバート・ネイキンもまたすでに島を離れている。以下の動画では、そのアルバート・ネイキン、ボヨ・ビリオ、シャンテル・カマーデルという住民・元住民のまとめ役がそろって登場し、移住について語っている。

▼ ジャン・チャールズ島部族再定住

慣れ親しんだ海からは少し離れるものの、住民と元住民が本土の同じ場所で暮らせるようになるのはもちろん彼らにとって望ましい。動画でビリオは、カルチャーセンターや博物館、教会や小さな店などを計画していると語っている。だが、再定住は彼らが望んだとおりのものにはなりそうにない。彼らが本土で手にする「新しい島」については、また別記事にまとめることにして、ここではヒントになりそうな記述を引用しておきたい。

最初のほうに引用したラッシュの『海がやってくる』の文章の直後には、以下のような記述がつづいている。

「しかし今日、こうした集団の間では異なる部族間の婚姻の割合が高まり、連邦政府が居住者を先住民と認めなくなっている。そしてジャン・チャールズ島が公式にインディアン居留地であったことはなかったため、彼らの居住地が消滅しつつある現在、島民を移住させる連邦指令は存在しない」

つまり、再定住に関して、彼らに主導権があるわけではない。

一方、コルバートは彼らの立場を以下のようにまとめている。

「ジャン・チャールズ島団がこの島で平和に暮らすことができたのは、あまりにも周囲から切り離されていて、ほかのだれかが興味を持つほど商業的な価値がなかったからにすぎない。石油関連の水路の浚渫でもモーガンザ・メキシコ湾岸プロジェクトの設計でも、団は発言権を持たなかった。ミシシッピ川管理(コントロール)の取り組みにかんしても、ずっと蚊帳の外だった。そして、昔のコントロールの影響を和らげるために、新たなかたちをとったコントロールが押しつけられようとしているいま、彼らはそこでも蚊帳の外に置かれている」

※モーガンザ・メキシコ湾岸プロジェクトとは、テレボーン郡とラフォーシェ郡の大部分を包み込む長大な土手を建設するインフラ計画だが、ジャン・チャールズ島はそこに含まれず、土手の外側に置かれた。

《参照/引用文献》
● 『海がやってくる 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか』エリザベス・ラッシュ著、佐々木夏子訳(河出書房新社、2021年)
● 『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』エリザベス・コルバート著、梅田智世訳(白揚社、2024年)




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● 『世界から青空がなくなる日 自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』エリザベス・コルバート著、梅田智世訳(白揚社、2024年)