サリー・クライン著『アフター・アガサ・クリスティー』を参照しつつ、欧米と日本における”ドメスティック・ノワール”の認知度の違いについて考える

スポンサーリンク

2023年に邦訳が出たサリー・クラインの『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』(左右社)は、アガサ・クリスティーの登場から現代にいたるまで、女性作家による犯罪小説の系譜をたどった好著だが、そのなかでも特に興味深かったのが、”ドメスティック・ノワール”に関する記述だ。この呼称は、本書に、2013年から注目を集めるようになった文学的現象で、「いまや、犯罪小説のサブジャンルとして絶大な人気を誇るまでになっている」とあるように、広く認知されている。これに対して日本では、ほとんど定着しなかった。

ただし、作品そのものがまったく読まれていないわけではない。たとえば、ドメスティック・ノワールの代表的な作品として頻繁に取り上げられるのは、ギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』やポーラ・ホーキンズの『ガール・オン・ザ・トレイン』、リアーン・モリアーティの『ささやかで大きな噓』などだ。それらは日本でも読まれ、評価もされているが、必ずしもドメスティック・ノワールとして認知されているわけではないので、そこからこのサブジャンルへの関心が広がることはない。

ドメスティック・ノワールについては、まずこの呼称がどのように生まれたのかを振り返っておくべきだろう。この呼称を思いついたのは、イギリスの小説家ジュリア・クラウチで、本書では以下のように説明されている。

『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』サリー・クライン

『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』サリー・クライン著

「(前略)この言葉は、イギリスの小説家ジュリア・クラウチが二〇一三年に、自分の作品をはじめとする多くの犯罪小説に貼られていた”サイコスリラー”というレッテルに限界を感じて作った造語である。
 クラウチによれば、ドメスティック・ノワールの舞台は主として家庭や職場であり、そのストーリーのイデオロギーは、閉ざされた領域は女性にとって苦しく、しばしば危険な場所になりうるというフェミニスト的な視点に立っているという。こうした小説は、閉ざされた領域での人間関係をめぐる女性の経験を主に扱っている。
 クラウチは、自分の作品は”サイコスリラー”という言葉が連想させるようなエキサイティングなジェットコースター小説ではなく、謎を”解きほぐしていく”タイプの小説だと感じている」

ひとりの作家が、自分の作品の世界にふさわしい呼称を思いついたからといって、それが広く受け入れられるとは限らない。しかし、この引用のつづきを読むと、ドメスティック・ノワールというサブジャンルが、出版社によって宣伝のために利用されるだけではなく、他の女性作家たちにも積極的に受け入れられていったことがわかる。

「クラウチと同時代のイギリス人作家で、その後自らの作品をドメスティック・ノワールだと定義した作家には、エリン・ケリー、ポーラ・ホーキンズ、エリザベス・ヘインズ、ポーラ・デイリー、ルイーズ・ミラー、ナタリー・ヤング、クレア・マッキントッシュ、サビーン・デュラント、アラミンタ・ホールらがいる。
 ルイーズ・ダウティ、ライオネル・シュライヴァー、ジュリー・マイヤーソンはその主な作品を出版社に”純文学”と見なされているが、ドメスティック・ノワールというサブジャンルに分類される小説も手がけて、大成功を収めている。懐の深いこのジャンルは写実小説の一形式で、精神疾患の虚像と実像、家庭と職場における女性の権利、リベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズム、宗教、家族、母性、家庭内暴力といった、まったく異なる思想や理想をすべて扱う。こうした小説は、家庭は聖域であるという考えを覆している。多くの女性にとって家庭はその対極にある。家庭は檻であり、精神的、心理的に虐げられる場だ。成長も、ときには息をつくことすらもできない場所なのである」

『Domestic Noir:The New Face of 21st Century Crime Fiction』edited by Laura Joyce & Henry Sutton

『Domestic Noir:The New Face of 21st Century Crime Fiction』edited by Laura Joyce & Henry Sutton (Palgrave Macmillan, 2018)

ここで、ジュリア・クラウチに関わりのある文献をもう1冊、取り上げておきたい。イギリスのイースト・アングリア大学でクリエイティブ・ライティングの講師を務めるローラ・ジョイスとヘンリー・サットンが編集したドメスティック・ノワールの研究書『Domestic Noir: The New Face of 21st Century Crime Fiction』だ。このサブジャンルの呼称を生み出したクラウチが序文を書いていて、その言葉を思いついた経緯にも触れている。ちなみにクラウチは、これまでに合作1本を含め10本の長編を発表し、”ドメスティック・ノワールの女王”と呼ばれることもあるが、邦訳はされていない。

クラウチが2011年に長編『Cuckoo』でデビューしたとき、出版社の広報担当者はイベントで、彼女や同じ年に『わたしが眠りにつく前に』でデビューしたSJ・ワトソンを、図書館の司書たちにサイコロジカル・スリラーの作家と紹介していたという。その後、彼女は、そのレッテルで、『Every Vow You Break』(2012)、『Tarnished』(2013)を発表したが、4作目の『The Long Fall』(2014)を書いているときに、それまで疑問に思ってきたことを担当編集者と話し合うようになった。

“サイコロジカル・スリラー”のサイコロジカルの部分は理解できるが、スリラーは違うのではないか。Amazonのレビューでは、彼女や彼女と同じ方向性の作品に、星ひとつをつけて、期待していたスリラーではなかったという不満を漏らす読者も少なくなかったという。そこで思いついたのが、ドメスティック・ノワールという呼称だった。先の引用で、そんなクラウチに追随し、自らの作品をドメスティック・ノワールと定義した女性作家たちは、同じような疑問、問題を抱えていたのだろう。ちなみに、ドメスティック・ノワールには、少数ながらSJ・ワトソンのような男性作家も含まれ、『わたしが眠りにつく前に』もドメスティック・ノワールとして認知されている。

ドメスティック・ノワールというサブジャンルが定着しなかった日本では、欧米でドメスティック・ノワールとして評価された作品も、(ここで具体的にどの作品と指摘しようとは思わないが)そこに触れないように紹介されている印象がある。そうなると、期待していたスリラーではなかったという不満を漏らす読者が出てきてもおかしくはないだろう。

《参照/引用文献》
● 『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』サリー・クライン 服部理佳訳(左右社、2023年)
● 『Domestic Noir: The New Face of 21st Century Crime Fiction』edited by Laura Joyce & Henry Sutton (Palgrave Macmillan, 2018)




[amazon.co.jpへ]
● 『ゴーン・ガール(上)』『ゴーン・ガール(下)』ギリアン・フリン 中谷友紀子訳(小学館文庫、2013年)
● 『ガール・オン・ザ・トレイン(上)』『ガール・オン・ザ・トレイン(下)』ポーラ・ホーキンズ 池田真紀子訳(講談社文庫、2015年)
● 『ささやかで大きな嘘(上)』『ささやかで大きな嘘(下)』リアーン・モリアーティ 和爾桃子訳(創元推理文庫、2016年)
● 『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』サリー・クライン 服部理佳訳(左右社、2023年)
● 『Domestic Noir: The New Face of 21st Century Crime Fiction』edited by Laura Joyce & Henry Sutton (Palgrave Macmillan, 2018)
● 『Every Vow You Break』Julia Crouch (Headline Book Publishing, 2012)
● 『Her Husband’s Lover』Julia Crouch (Headline Book Publishing, 2017)
● 『わたしが眠りにつく前に』SJ・ワトソン 棚橋志行訳(ヴィレッジブックス、2012年)