タイムリープを盛り込んだドメスティック・ノワールの進化形――ジリアン・マカリスター著『ロング・プレイス、ロング・タイム』

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ジリアン・マカリスターは、英国バーミンガム出身。弁護士として働きながら小説を書き、2017年に『Everything But The Truth』でデビューし、2022年に発表した本作『ロング・プレイス、ロング・タイム』が7作目の長編になる。最新作は昨年(2025年)発表の9作目になる『Famous Last Words』。

『ロング・プレイス、ロング・タイム』ジリアン・マカリスター

『ロング・プレイス、ロング・タイム』ジリアン・マカリスター著

本作の主人公は、山のような案件を抱える離婚専門の弁護士ジェン・ブラザーフッド。内装業者の夫ケリー、18歳になる息子トッドと、マージーサイド州の街クロスビーに暮らしている。物語は、午前零時をまわって日付が10月30日にかわったころ、ジェンが二階の窓のところに行って、息子の帰りを待っているところからはじまる。彼女が通りを歩いてくるトッドの姿を目にして安堵しかけた次の瞬間、予想もしないことが起こる。

通りの反対側から年上の男が足早にトッドに迫るのが見えた。何かが起ころうとしているという胸騒ぎをおぼえたジェンは、夫のケリーを呼び、すぐに外に出てトッドと見知らぬ男のほうに走る。だが、彼女の目の前で、トッドが持っていたナイフで男を刺し、倒れた男の傷から血があふれ出る。ジェンはひざをついて、その傷を押さえる。トッドは、「しかたがなかった、こうするしかなかった」としか言わない。誰かが通報したらしく、パトカーが到着し、警官がトッドを連行する。倒れた男は息絶えている。ジェンとケリーも警察署に駆けつけるが、ふたりとも事件の目撃者になるので、面会は叶わない。家に戻ると家宅捜索がはじまる。

いつの間にか寝てしまったジェンが翌朝、目覚めると、なにか様子がおかしい。外を見ると、道には染みひとつなく、立ち入り禁止のテープもない。あろうことか連行されたはずのトッドが部屋から出てきて、何事もなかったかのように友だちに会いにいくという。かぼちゃをくり抜いてつくったランタンが窓台から消え、キッチンの隅にもとのままのかぼちゃが置かれていた。姿が見えないケリーに電話すると、すでに現場で仕事をしていた。携帯のカレンダーを確かめると、10月28日に戻っていた。

それ以降、ジェンは毎朝、目覚めるたびに時間をさかのぼっていく。混乱しつつも事態を受け入れるしかない彼女は、トッドが起こした事件の原因を探り、それを阻止しようとする。

本書の裏表紙では、「タイムリープ×ミステリ×家族小説」と紹介されているが、これでは構成要素を単純に並べただけで、表面的というか漠然としている。個人的には、「タイムリープを盛り込んだドメスティック・ノワールの進化形」と表現するのが最も相応しいと思う。

サリー・クラインは『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』のなかで、ドメスティック・ノワールの代表作であるギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』のことを「”最も身近な人間を本当の意味で知ることは不可能であり、限界まで追いつめられたときにどんな恐ろしい行動にでるのか想像もつかない”というテーマを見事に表現している」と評していた。『ゴーン・ガール』と本作はぜんぜん違う作品であり、比較するつもりもないが、「最も身近な人間を本当の意味で知ること」という部分に関しては本作にも当てはまる。というよりも、最も身近な人間、すなわち夫婦や家族を本当の意味で知ることは、ドメスティック・ノワールの重要テーマのひとつになっている。

筆者は本作を読んでいて、ドメスティック・ノワールに分類されるふたつの作品を連想した。

『わたしが眠りにつく前に』SJ・ワトソン

『わたしが眠りにつく前に』SJ・ワトソン著

ひとつは、SJ・ワトソンの『わたしが眠りにつく前に』だ。この物語の語り手であるクリスティーン・ルーカスは、特殊な記憶障害を患っている。毎朝、目覚めるたびに前日までの記憶が失われてしまう。そこがどこなのかも、自分が誰なのかもわからず、同じベッドに知らない男がいるのに気づき狼狽する。年齢については漠然と20代という認識があるため、鏡に映った47歳の自分の姿に愕然とする。激しく動揺する彼女は、夫だという男ベンになだめられ、状況を把握していく。20代のときに事故に遭い、それ以来、夫に頼る生活を送っているらしい。

『わたしが眠りにつく前に』と本作では、ドメスティック・ノワールで重要な位置を占める女性の主人公による主観的な視点が、それぞれに特異な状況から導き出される。記憶障害を負ったクリスティーンは、夫に内緒で日誌をつけ、夫が語った物語ではなく、自分が確信できる物語の断片を積み重ねていくことで、「最も身近な人間を本当の意味で知ること」になる。

一方、タイムリープするジェンについてはまず、彼女が時間を3日さかのぼったときのエピソードに注目したい。彼女は事件の原因究明を積極的に進めようと、夫のケリーに自分に起こっていることを打ち明ける。もちろんケリーには信じることはできない。ジェンはそれを証明するために前日のニュースで見た自動車事故の現場にケリーを案内する。そして彼女が予言したとおり、ふたりの目の前で車が横転する。ケリーは彼女の言葉を信じる気になり、事件についてなにか知ってそうな人物をリストアップするなど協力して計画を立てる。しかしその翌日、ジェンがまた1日さかのぼると、当然のことながらケリーは前日のことを覚えていない。ジェンは時間をさかのぼりながら、独力で事件の原因を究明するしかない。

とはいうものの、実はどちらの作品にも、主人公にとって協力者といえる人物が登場する。『わたしが眠りにつく前に』の場合は、神経心理学者のドクター・ナッシュだ。クリスティーンは少し前からひそかにナッシュの診断を受け、彼の提案にしたがって日誌をつけるようになった。彼女は目覚めるたびに日誌の記憶も失っているが、ナッシュが連絡してくることで日誌の存在を確認し、物語の断片を積み重ねるのだ。

これに対して本作には、アンディ・ヴェティースという物理学教授が登場する。ジェンは時間を2日さかのぼったときに、状況を誰かに打ち明けようと考え、弁護士事務所の同僚で長年の友人でもあるラケシュ・カプールに話す。ラケシュはそれをすんなり信じることはできないが、ジェンを信頼しているので親身になり、彼の友人にタイムトラベルの研究で博士号をとったアンディ・ヴェティースという人物がいるという話をする。その晩、その話を思い出したジェンは、ネットでその物理学教授のことを調べ、試しにメールを送ってみる。

その後、ケリーにすべてを打ち明けても翌日になればその行動が無意味になっていることがわかったジェンは、4日さかのぼったときに、ラケシュに頼み込んでアンディに連絡してもらい、カフェでジェンと直接会う約束をとりつける。彼女の話を聞いたアンディは、もちろん簡単には信じない。そこでジェンは、ネットで読んだ記事を思い出し、アンディがもうすぐブラックホールの論文で賞をとると語る。アンディにはそれが<ペニー・ジェイムソン賞>のことだとわかり、スマホでその時点では賞の最終候補になっていることが公表されていないのを確認し、彼女の話に耳を傾ける気になる。

このアンディは、『わたしが眠りにつく前に』のナッシュほど頻繁に登場するわけでも、決定的な役割を果たすわけでもないが、この小説にとってある意味で不可欠の存在といえる。カフェでは以下のような会話がつづく。

「『きみがなんらかの拍子にそういった重力を生み出し、”時間的閉曲線”の中に取り込まれたと考えることは、理論上は可能だ』
『理論上は可能。そうね。それで――どうやったら、そこから抜け出せるの?』
『物理学上の理論はさておき、明らかな答えとしては、きみがその事件の発端に辿り着くことだ。そうだろう? トッドが殺人を犯す原因となったところまで遡っていくことじゃないかな』」

「『きみはなぜ自分の身にこんなことが起きているのだと思う?』
(中略)。
『もしかしたら、わたしだけが知っている何かがあるのかもしれない。殺人を食い止めることのできる何かが。自分の潜在意識の奥に』
『なんらかの知見がね』アンディはうなずいた。『このことはタイムトラベルとか科学や数学とかの問題じゃない。きみにはなんらかの知見があり、愛もある――単に事件を食い止めるために起きているのでは?』」

著者のマカリスターは、アンディという専門家を登場させ、彼に「物理学上の理論はさておき~」とか「このことはタイムトラベルとか科学や数学とかの問題じゃない」といわせる。そこに本作の方向性が示唆されている。これまで何度も書いてきたように、自分の作品がサイコロジカル・スリラーというサブジャンルに分類されていたジュリア・クラウチは、スリラーという言葉と作品の内容が乖離していることを問題視し、ドメスティック・ノワールという呼称を生み出し、欧米ではそれが市民権を得た。おそらくはマカリスターも、本作にタイムリープという要素を盛り込んでいるために、SFやファンタジーのように見られることを危惧し、このような会話を盛り込んでいるのだろう。そしてこれにつづく会話では、本作におけるタイムリープの枠組みのようなものが示されている。

「『これまで毎日を二回生きてきたけど、一度目とはちがうこと……誰かのあとを尾けたり、何かを目撃したり、たとえ些細なことでもよく注意して見ていると、毎回新たな発見があるの』
(中略)。
『つまり、きみが遡った日は、事件にとって何かしら重要な意味があると?』
『たぶん、そうだと思う』
『となると、過去に遡るうちに――もしかしたら一日飛ばしたり、一週間飛ばしたりすることがあるかもしれない』
『そうね。そのたびに手がかりを探さなきゃいけないってこと?』
『ああ、たぶん』」

実際、ジェンはアンディと対面した翌日には4日さかのぼり、その後、さらに長い時間をさかのぼるようになる。アンディはのちに、自分しか知らないイマジナリーフレンドの名前をジェンに教え、彼女の心の支えになっていく。

『少年は残酷な弓を射る(上)』ライオネル・シュライヴァー

『少年は残酷な弓を射る(上)』ライオネル・シュライヴァー著

そして本作を読んで連想したもうひとつの小説が、ライオネル・シュライヴァーの『少年は残酷な弓を射る』だ。本作の物語の背景になるのは、主に1980年代初頭から2001年にかけての時代だが、独特の構成で物語が語られる。主人公エヴァは、人気の旅行ガイドを手がける会社の経営者で、赤ん坊のころから母親に執拗な反抗を繰り返してきた息子ケヴィンが1999年、16歳を迎える3日前に社会を震撼させる事件を起こす。この物語はその事件後、2000年から2001年にかけてエヴァが夫のフランクリンに宛ててつづった手紙だけで構成されている。

その手紙には、エヴァの主観的な視点で、ケヴィンが事件を起こすまでのこと、事件を起こしたあとのことが前後するように綴られていく。このように書くと、エヴァとケヴィンを本作のジェンとトッドに結びつけようとしているように思われるかもしれないが、そうではない。筆者が注目したいのは、エヴァの夫であり、ケヴィンの父親であるフランクリンの視点なのだ。

ケヴィンは幼いころから、母親と父親それぞれに対してまったく違う顔を見せてきた。そのため、成長するケヴィンの周囲で奇妙な事件が起こるたびに、両親は対照的な反応をしてきた。幼稚園では、全身に湿疹があり、肌に触れるのを我慢していた女の子が、突然、解放されたように肌をかきむしって騒ぎになる。親しくしていた隣人の息子が、自転車の不具合で大怪我をする。ケヴィンとふたりで留守番をしていた妹のシーリアが、排水管洗浄剤を顔に浴び、片目を失ってしまう。学校の英語教師が、ケヴィンの証言でセクハラの濡れ衣を着せられる。エヴァはそんな事件のたびケヴィンがいかに邪悪で危険であるのかをフランクリンに訴えてきたが、父親の前ではケヴィンが行儀よくしているため、彼には母親が息子に対して異様に冷淡であるようにしか見えなかった。

そこでここからは筆者が勝手に想像することなのだが、もしフランクリンが、ケヴィンが社会を震撼させる事件を引き起こすという予想もしない事態に直面したとしたら、これまで家族に起こった出来事、妻や息子との関係をどのように振り返るのだろうか(ちなみに著者のシュライヴァーは、小説の構成がそんな想像を誘発することを承知していて、最後の部分でそれを完璧に封じている)。ということであくまで仮定の話ではあるが、過去を振り返るフランクリンには、ケヴィンの周囲で起こっていた様々な事件が、まったく違って見えることだろう。そして、それらの事件を通して「最も身近な人間を本当の意味で知ること」ができていたとしたら、その先の未来は違ったものになっていたかもしれない。

本作でジェンが過去へとさかのぼっていくのは、このフランクリンの仮定の話に近い。ジェンは過去へとさかのぼりながら、自分は子育てに失敗したのか、母親失格なのかと悩むが、「最も身近な人間を本当の意味で知る」ためのタイムリープはそんな次元では終了しない。最終的にはジェンがケリーに出会う時点までさかのぼっていくことになる。

だが、その可能性は冒頭で事件が起きる時点ですでに示唆されている。たとえば、ジェンがひざまずいて、トッドが刺した男の傷を押さえているときのケリーの様子が以下のようにつづられている。「ケリーは両手で頭を抱え、息子を見つめたまま意味もなく私道を行ったり来たりしていた。男には一瞥もくれなかった」

なぜケリーが男をまったく見ようとしないのかは察せられるだろう。さらに、連行されたトッドを追うようにジェンとケリーが警察署に到着したときのケリーの行動も、あとから振り返ると示唆的である。物語が少し進んだところで、ケリーという人物については、内面を決してさらけ出さないとか、友人がほとんどいなくて人づき合いを避けるというように説明されているが、冒頭の警察署では別な顔を見せる。

「『署長はいるか?』ケリーは受付にいる、小指にシグネットリングをはめた禿げ頭の警官に噛みつくように言った。彼の態度はふだんとまるでちがっていた。両足を大きく広げ、肩をいからせている。ジェンでさえ、これほど取り乱した夫を見たことはほとんどなかった」

本作では、ジェンがどのように事件の原因を突きとめ、それをどう解決して事件が起こった現在に復帰するのかももちろん興味深いが、ドメスティック・ノワールとしては、これまで軌道修正するための手がかりを見逃してきた彼女が、「最も身近な人間を本当の意味で知ること」も負けず劣らず重要な意味をもっているといえる。

《参照/引用文献》
● 『ロング・プレイス、ロング・タイム』ジリアン・マカリスター 梅津かおり訳(小学館文庫、2024年)
● 『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』サリー・クライン 服部理佳訳(左右社、2023年)
● 『わたしが眠りにつく前に』SJ・ワトソン 棚橋志行訳(ヴィレッジブックス、2012年)
● 『少年は残酷な弓を射る(上)』『少年は残酷な弓を射る(下)』ライオネル・シュライヴァー 光野多惠子・真喜志順子・堤理華訳(イースト・プレス、2012年)




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● 『少年は残酷な弓を射る(上)』『少年は残酷な弓を射る(下)』ライオネル・シュライヴァー 光野多惠子・真喜志順子・堤理華訳(イースト・プレス、2012年)