何十年にもわたってコウモリを観察し、ヘンドラウイルス感染症に関する謎を解き明かした生態学者ペギー・イービー その1:ライナ・プロウライトやアリソン・ピールとの出会い

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米カンザス州出身で、オーストラリアを拠点に活動する野生生物生態学者ペギー・イービーの存在を知ったきっかけは、ブログで何度も取り上げているデビッド・クアメンの『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』だった。但し、本書にイービーが取り上げられて、その活動が紹介されているわけではない。

別記事で触れたように、医師/疫学者/スタンフォード大学教授スティーブン・ルビーや獣医生態学者ジョン・エプスタインなど、本書には興味深い人物がたくさん取り上げられていて、それぞれの人物を個別に調べていくと、本では紹介されていない人脈が見えてくる。本書は2012年刊行なので、そうした人脈の広がりは、場合によってはその内容をアップデートすることにもつながる。

『スピルオーバー』デビッド・クアメン著

● 『スピルオーバー ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン

ということで、まず注目しなければならないのが、本書の第Ⅶ章「天上の宿主――ニパ、マールブルグ」で取り上げられているオーストラリア出身の疾病生態学者/獣医学者/コーネル大学教授ライナ・プロウライトだ。彼女は、米カリフォルニア大学デーヴィス校で疫学の修士号と感染症の生態学に関する博士号を取得したが、その博士課程のフィールドワークではヘンドラウイルスの自然宿主(ナチュラル・ホスト)の一つ、オーストラリアオオコウモリにおけるウイルス動態を調査するために帰国している。クアメンが彼女から話を聞いたのはそのとき、2006年のことだ。

「生息環境の変化が、ヘンドラの保有宿主(レゼルボア・ホスト)の個体数、分布パターン、移動行動に影響を与えたことはわかっていた。これはオーストラリアオオコウモリに限らず同属のクロオオコウモリ、ハイガシラオオコウモリ、メガネオオコウモリにも及んでいた。彼女の課題は、保有宿主におけるこれらの変化がウイルスの分布やまん延、異種間伝播(スピルオーバー)の可能性などにどう影響を与えたかを調査することだった」

プロウライトは、博士号取得後もオオコウモリやヘンドラの研究をつづけ、そこでペギー・イービーと出会い、共同で研究を行うことになる。

▼ 最近はフランスのモンペリエ大学で研究を行っているライナ・プロウライト教授(コーネル大学)の紹介動画。

現在、フランスで研究を行っているライナ・プロウライトは、ヘンドラの研究で明らかになった感染のメカニズムを、他の人獣共通感染症ウイルスにも応用し、パンデミックの予防に取り組んでいる。この動画ではヘンドラの研究の成果が短くまとめられている。彼女の研究は、ウイルス生態学や景観免疫などいろいろな意味で興味深いので、いずれ取り上げるが、ヘンドラやコウモリの研究に限れば、共同研究者となったペギー・イービーに先に注目したほうがわかりやすいだろう。

▼ 「この科学者が何十年にもわたってコウモリを追跡し、致死的な病気に関する謎を解き明かした」――非営利・独立系の報道機関“ProPublica”の記事に連動した動画

米カンザス州で育った野生生物生態学者ペギー・イービーは、オーストラリアに移住したときにコウモリに魅了され、以来30年以上にわたってコウモリを観察しつづけ、その豊かな経験からヘンドラとコウモリの研究・調査に関わることになった。この動画でイービーは、獣医師/野生生物疾病生態学者/グリフィス大学上級研究員アリソン・ピールとともにフィールドワークを行っている。

▼ 「イアン・ベヴァリッジ記念講演2024:ヘンドラとその先へ:アリソン・ピール博士が語るコウモリウイルスの異種間伝播(スピルオーバー)に対するワンヘルスの生態学的アプローチ」

アリソン・ピールもライナ・プロウライトの共同研究者であり、プロウライトとのつながりでその存在を知った興味深い人物で、あらためて取り上げたいと思っているが、この動画で彼女が語るヘンドラの研究のなかで、何度もイービーに言及しているように、先にイービーの活動を知るとよりわかりやすくなる。

では、ペギー・イービーはどのようにヘンドラウイルス感染症と関わることになったのか。先ほど少し触れた非営利・独立系の報道機関“ProPublica”の記事「THE SCIENTIST AND THE BATS」がそれを伝えている。とてもよい記事なので、どこかで翻訳されればよいと思う。

アメリカのカンザス州からオーストラリアに渡り、コウモリに魅了されたペギー・イービーは、ニューサウスウェールズ州国立公園・野生生物局で、コウモリの調査を行なっていた。1994年、彼女がコウモリに関する論文に取り組んでいたときに、ブリスベン郊外の町ヘンドラで後にヘンドラと呼ばれることになるウイルスによるアウトブレイクが発生した。科学者は、ヘンドラがオオコウモリから馬へ、馬からヒトへと感染することを突き止めた。イービーもそのことは承知していたが、彼女がヘンドラに関心を持ったのは、2011年に前例のない数の馬が死亡するほどのアウトブレイクが発生したときだった。

クアメンが『スピルオーバー』でカバーしていたヘンドラウイルス感染症は、2004年にケアンズで発生したアウトブレイクまでだった。以前の記事「1994年にオーストラリア東部に出現したヘンドラウイルスとその後――オオコウモリから馬へ、馬からヒトへ乗り移る人獣共通感染症(ズーノーシス)」では、その後、2011年にヘンドラのアウトブレイクが突然、急増し、政府や保健当局が対策に乗り出し、2012年11月に馬用のEquivacワクチンが発売されたことまで書いた。

ProPublicaのイービーの記事からは、ヘンドラウイルス感染症に関するさらにその後が見えてくる。これまで散発的だったアウトブレイクが、2011年に急増したことに強い関心を持ったイービーは、生態学者のグループに加わることになり、その謎を解くため調査を開始した。一方その頃、コーネル大学の疾病生態学の教授ライナ・プロウライトも調査に協力することになった。そんなふうにしてイービーとプロウライトが出会い、共同研究者となる。この記事には触れられていないが、おそらくアリソン・ピールもこれと前後する時期に共同研究者になったと思われる。

プロウライトやピールと出会ったイービーが、コウモリの調査とこれまで積み重ねてきたデータから、どのように謎を解き明かすのかは「その2」でまとめることにしたい。

《参照/引用文献》
● 『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン著、甘糟智子訳(明石書店、2021年)




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● 『スピルオーバー――ウイルスはなぜ動物からヒトへ飛び移るのか』デビッド・クアメン著、甘糟智子訳(明石書店、2021年)
● 『人類と感染症、共存の世紀 疫学者が語るペスト、狂犬病から鳥インフル、コロナまで』デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著、片岡夏実訳(築地書館、2021年)