最初に断っておくと、本記事ではシッダルタ・カラ著『ブラッド・コバルト コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』を取り上げてはいるが、レビューのようなものではない。同じコンゴ民主共和国で発生し、感染が拡大しているエボラウイルス病(ブンディブギョ株)の情報に接するたびに、テーマが直接的に結びつくわけではないものの、本書が浮き彫りにするあまりにも悲惨なコバルト採掘の実態が脳裏をよぎり、決して無関係ではないと思え、避けて通れなくなるのだ。
そこでまずは、本書の要旨となりそうな部分を抽出しておく。
「コンゴ民主共和国は一種の狂乱状態になっている。できる限り速く、できる限り多くのコバルトを採掘しようという争奪戦が起きているのだ。この銀色のレアメタルは、現代のほぼすべての充電式リチウムイオン・バッテリーに必須の材料となっている。気候の持続可能性の実現のためには低炭素イノベーションが重要だが、その中で幅広い用途に使われるのがコバルトなのである。
コンゴの南東端に位置するカタンガ地域は、地球上のどこよりも多くのコバルトが埋まっている場所だ」
「コンゴのコバルトを含む製品を販売する巨大企業は何兆ドルという価値を持つのに、そのコバルトを掘り出す人たちは貧困にあえぎ、最低水準の生活を強いられ、大きな苦しみを味わっている。外国企業のせいで、彼らは人間らしいとはとても言えない環境で暮らしている。有害物質に満ちたゴミ捨て場のような環境だ。樹木は伐採され、村々は破壊され、大気は汚染され、耕作地も潰された。
現代の私たちの生活は、コンゴの人々と環境の犠牲の上に成り立っていると言っていいだろう」
さらに、著者のシッダルタ・カラが本書について語るレクチャーの動画にも触れておきたい。このレクチャーの冒頭では、本書でテキストで描写されているシャバラ鉱山の巨大な採掘鉱区が映像で見られる。カラはまずその凄まじい光景を見せてから話をはじめる。ちなみに、テキストでは以下のように表現されている。
「(前略)ついに最重要とされる採掘鉱区に着いた。おそらくキプシやトコテンズと同じようなものを見ることになるのだろうと私は思っていた。多くて2、3000人の職人的採掘者たちがいて溝の中で掘削作業をし、掘った鉱石を袋に詰めている、そういう光景を見ると思っていたのだ。しばらく丘の上を歩くとメインの坑が姿を現したのだが、それを見て私は衝撃を受けた。コンゴで見た他のどの場所とも違っていた。
巨大な坑の中にはとてつもない数の人間がいたのだ。坑は少なくとも150メートルほどの深さがあり、直径は400メートルほどもあった。十代の少年たちを含む1万5000人もの男たちがハンマーやシャベルで掘削作業をし、時々大声で叫んでいる。あまりに人の密度が高く、皆、身動きを取る場所もない。呼吸ができるのかと心配になるほどだ。
採掘者たちは全員、保護具、安全装置の類をまったく身に着けていなかった――短パンか長ズボンにかかとのないサンダル、それにシャツという恰好だ。坑の中は色彩の嵐である――赤、青、黄色、オレンジなど様々な色が見える。しかも坑自体も淡いピンク色をしているのだ。採掘現場の周囲には、鉱石を詰め込んだ袋が少なくとも5000個は積んである。その朝の操業だけでも、袋の数はさらに増えた。坑の中にあるのは泥と石ではない――そこにあるのは岩とヘテロゲン鉱の硬い山であり、その山を人間の力だけで削り、砕いて小石の大きさにしているのだった」
この採掘鉱区の映像はインパクトがあるし、これから書くことにも関わってくる。
では、そんなコバルトの採掘とエボラ・アウトブレイクがどう結びつくのか。前の記事で取り上げたパートナーズ・イン・ヘルスの主任研究者KJ・スンの動画には、非常に暗示的な部分がある。彼によれば、感染の中心になっているのは、鉱業に支えられている地域で、鉱山労働者や鉱山に出入りする業者の移動によって感染が拡大する可能性を指摘している。暗示的というのは、その部分でコバルトの採掘地の映像が使われていることだ。これは正しくない。今回の流行の震源地といわれるモンブワルは、確かに鉱山の町ではあるが、コバルトではなく金鉱山だ。感染が拡大しているのは、東部であり、コバルトが埋まっているカタンガ地域は引用にもあったように南東端に位置している。
それが単純な間違いですめばいいが、前の記事で書いてきたような公衆衛生当局に強い不信感をもつ鉱山労働者たちが、濃厚接触者の追跡を嫌って東部から南東端に移動するということはないのだろうか。
カラは前掲書で、コバルト採掘のフロンティアであるコルウェジにおける生活を以下のように綴っている。
「コルウェジの周囲には、多数の村や居住地が点在する。その中にはすでに何十年も存在しているところもあれば、移民の流入に伴いごく最近、出現したところもある。その地域には何十万という数の人たちが住み、職人的採掘に大量の労働力を供給している。EV革命は、まさにこのコルウェジのごく貧しい住人たちの疲れた肩に支えられていると言っても決して過言ではないだろう。にもかかわらず、この人たちはその恩恵をほぼ受けていない。安定した電力、汚れていない水、公衆衛生、医療機関、子供たちの通う学校など、現代人としての生活に最低限、必要なものがないのだ」
そんな生活の基盤が脆弱な地域に感染者が紛れ込んだらどうなるのか。あるいは、先述した巨大な採掘鉱区に紛れ込んだとしたら。本書では、コルウェジに押し寄せた新型コロナウイルスのパンデミックにも短く触れられているので参考になる。
「(コルウェジにあるルアラバ州最大の病院、ムワンゲニ病院の)ツシフツ医師によれば、感染症は職人的採掘地で特に速く拡散したという。採掘者が極めて『密』な環境で働くためだ。トンネルや坑の中で密集して作業をする人たちに『ソーシャル・ディスタンス』などと言っても無意味である。たとえマスクが手に入ったとしても、トンネルの中や灼熱の太陽の下で作業をしている時に装着するのは無理である。職人的採掘者の中に感染者が出れば、すぐにコミュニティの中で感染が広がっていく。
『採掘に行っている人たちが感染して帰宅すると、家族にまで感染が広がります』とツシフツ医師は言う」
「そもそも、2021年のはじめに国境なき医師団の協力によって専門の診療所が設立されるまで、感染検査すらできない状態だったのだ。同診療所での陽性率は50パーセントを超えることもあったと(ルブンバシのカンペンバ総合病院の)ンゴイ医師は言う。ワクチンもマスクもなく、検査もできない無防備な状態だったため、カッパーベルトでは職人的採掘者もそれ以外の住民も多数が感染者となった。そのほとんどは病院での診療を受ける余裕もなく、もちろん自ら治療できるわけでもない。その後どうなったかはまったくわからない」
さらに、これはエボラウイルスに限ったことではないが、環境破壊が、スピルオーバー(異種間伝播)を引き起こす原因となることも考えておくべきだろう。カラはコルウェジの環境破壊を以下のようにつづっている。
「道の終わりまで来た。我々はついに、世界のデバイス駆動経済、そしてEV革命の中心地、コルウェジへとたどり着いたのである。コルウェジのような都市は他にはない。コルウェジこそは現代のフロンティアであり、全世界の四分の一のコバルトが眠る土地だ。この都市には並外れた鉱物資源があるため、あまりに急速に採掘範囲も拡大し、それに伴って環境破壊も進むことになった。巨大なクレーター、露天掘り鉱山が点在し、ともかく土がむき出しになっている場所が多い。小さな人工の湖があちこちにあるが、それは都市の住人が生活するためではなく採掘作業に必要な水を供給するためのものだ。かつてそこに存在していた数多くの村は壊された。森の木は伐採された。地面は掘られ、削り取られた。鉱物のためにすべてが犠牲になっているのだ。」
ここで思い出されるのは、たとえば、獣医師/疫学者のデイビッド・ウォルトナー=テーブズが書いた『人類と感染症、共存の世紀 疫学者が語るペスト、狂犬病から鳥インフル、コロナまで』に出てくる以下のような記述だ。
「私たちの大部分は20世紀の特徴である荒れ果てた風景、失われた生息地、消えゆく大型動物に気づいている。私たちは鳥やサイの絶滅を心配している。ある節足動物、ミツバチやチョウのようなものを守ろうとしながら、同時に別のものを殺そうとしている。それでも、消えゆく動物たちをすみかとする何兆というウイルス、酵母、菌類、細菌について、また、私たちがその生息地を壊して鉱山や牧場や都市にしてしまったら、こうした微生物相がどこを新しいすみかとすればいいか、もっとも環境保護意識が高い者でさえ考えることはめったにない。本書で述べる病気は、ある意味で、そうした失われた生息地と消えゆく種からの顕微鏡サイズの難民が関わっているのだ」
《参照/引用文献》
● 『ブラッド・コバルト コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』シッダルタ・カラ著、夏目大訳(大和書房、2025年)
● 『人類と感染症、共存の世紀 疫学者が語るペスト、狂犬病から鳥インフル、コロナまで』デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著 片岡夏実訳(築地書館、2021年)
《関連リンク》
● 「当局に対して強い不信感をもつコミュニティの抵抗とケアよりも管理のパラダイム――2026年のエボラ・アウトブレイクとポール・ファーマー著『熱、諍い、ダイヤモンド』」
● 「コンゴ民主共和国のエボラ・アウトブレイクは、コミュニティの信頼を得られぬまま2014年の西アフリカの二の舞になるのか、あるいは超えてしまうのか」
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● 『人類と感染症、共存の世紀 疫学者が語るペスト、狂犬病から鳥インフル、コロナまで』デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著 片岡夏実訳(築地書館、2021年)
