当局に対して強い不信感をもつコミュニティの抵抗とケアよりも管理のパラダイム――2026年のエボラ・アウトブレイクとポール・ファーマー著『熱、諍い、ダイヤモンド』

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アフリカのコンゴ民主共和国東部で発生したエボラウイルス病の流行は、イトゥリ州を中心として感染が急速に拡大している(毎日のようにデータを更新しているBNO Newsによれば、7月27日の時点で、感染者:3283、死者:1439)。その要因には、病原体の特定までに時間がかかったこと、その病原体がエボラウイルスのなかでも一般的なザイール株ではなく、稀なブンディブギョ株だったこと、医療体制が脆弱だったこと、武装勢力の支配地域だったことなどが挙げられるが、当局や医療従事者に対して強い不信感をもつコミュニティの反発や抵抗も見逃すわけにはいかない。

5月21日にはイトゥリ州の州都ブニア近郊の町ルワンパラにあるエボラ治療センターで、死亡した感染疑いの若者の遺体を引き取ろうとした親族と、それを阻止した医療従事者の対立がエスカレートし、群集が隔離用のテントに放火した。エボラウイルス病の犠牲者の遺体には強い感染力があるため、伝統的な葬儀と安全な葬儀に齟齬が生じ、コミュニティの反発を招く。23日には今回の流行の震源地とされる町モンブワルにあるエボラ治療センターを住民が襲撃し、隔離用のテントが焼き払われた。このときには、感染疑いのある患者18人が逃走し、行方不明になったという。

(↓)DWの特派員は、こうしたコミュニティの強い反発について、コンゴ民主共和国の多くの地域では、不信感が根深く、一部の住民は依然としてエボラウイルス病は実在しないと信じ、病院や援助団体が金銭的利益のために病気を捏造したと非難している、と説明している。

6月下旬には、アフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)が、コンゴ民主共和国でエボラウイルス病の検査で陽性反応がでた約300人が、保健当局の監視網をくぐり抜けて行方不明になっていることを明らかにした。このように感染者が地下に潜ってしまうのも、不信感をもつコミュニティの抵抗といっていいだろう。

このような不信感をもつコミュニティの反発や抵抗という要因に関して、筆者が注目したいのが、以下のDW Newsにコメンテーターとして登場している小児科医/公衆衛生の専門家で、マウントサイナイ医科大学の准教授を務めるアニー・スパロウの発言だ。他の識者と違うのは、最終的に1万人以上の死亡者を出した2014年の西アフリカにおけるエボラ・エピデミックを引き合いに出して今回のアウトブレイクについて語っているところだ。

そこでスパロウが2014年のエピデミックを引き合いに出している部分を中心に、発言をまとめてみたい。ちなみにこのDW Newsは5月28日のもので、その時点での流行は、感染疑い例900人以上、死亡疑い例200人以上という状況だった。

[以下、発言の要約]もちろん病原体の種類や感染経路も重要だが、それ以上に重要なのは、流行が発生する状況だ。それが2014年の流行における問題点だった。単にエボラウイルス病への対応に終始し、感染が発生した国の内戦後の状況にまったく注意が払われなかったからだ。コンゴ東部で現在発生しているエボラウイルス病の流行は、完全に予測可能だった。政治的に不安定で、医療システムが崩壊し、医師が減少し、ルワンダが支援する武装勢力M23による占領などの複合的な問題に直面していた。そしてもちろん、そのすべての根底には、当局に対する不信感がある。エボラウイルス病の流行に対しては国際的な対応がとられるが、マラリアのような他の病気では無視される。コンゴでは毎年、マラリアで少なくとも5万人が亡くなっているのに。当然のことながらコミュニティはそうした対応に非常に警戒心を抱いている。感染拡大が国際的な対応を上まわっているのは驚くべきことではない。

[新型コロナウイルスのパンデミックを経験したことが教訓になっているかという問いに対して]残念ながら私たちはまだ最も重要な教訓を学んでいない。新型コロナウイルスのときには、記録的な速さでワクチンを製造し、パンデミックから抜け出すための手段としてワクチンに頼った。しかし、ワクチンは感染拡大を阻止するためではなく、死亡率を下げ、病院やスタッフの負担を軽減するために設計されたものです。私たちは、ワクチンに投資すると同時に、信頼、コミュニティ、そして医療インフラにも投資しなければならないということを学んでいなかった。信頼を通して物事をなし遂げるとき、並外れた影響力を発揮することができる。エボラウイルス病のブンディブギョ株には現在のところワクチンはないが、そもそも2014年の流行はワクチンによって制御されたのではなく、コミュニティと結束し、安全で迅速な埋葬を行ない、異なる方法で物事に対処する術を学ぶことによって制御されたのを思い出す必要がある。そうした信頼は一日で築けるものではない。

このようなアニー・スパロウのコメントを踏まえて、ここでぜひ振り返ってみたいのが、2014年の西アフリカにおけるエボラウイルス病のエピデミックを題材にしたポール・ファーマー著『熱、諍い、ダイヤモンド』だ。感染症専門医/人類学者のファーマーは、世界中の最も貧しい地域に暮らす人々に質の高い医療を提供し、地域社会と協力した持続可能な医療システムの構築を目指す非営利団体パートナーズ・イン・ヘルスの共同設立者であり、2014年10月にそのメンバーのひとりとしてエボラウイルス病の感染が拡大する西アフリカを訪れ、実態を目の当たりにした。

そんな彼は本書で、このエピデミックを起源から再検証し、感染が拡大した要因を浮き彫りにしていく。エピデミックはギニア南東部の森林地帯で始まり、そこから国境を越えてシエラレオネ、リベリアへと拡大していったが、そこでファーマーが繰り返し言及するのが「ケアよりも管理、のパラダイム」という要因であり、以下の記述によって、それがスパロウのコメントとも深く結びついていることがわかるだろう。

『熱、諍い、ダイヤモンド』ポール・ファーマー

『熱、諍い、ダイヤモンド』ポール・ファーマー著

「病人はあらゆる種類の伝統的な治療者に相談したかもしれないが、公立病院や私立診療所、町や都市の医師や看護師にも治療を求めた。ただ、医療砂漠には医師がそんなにいなかったのだ。エボラ患者を地下に追いやり、陰謀論や健康当局へのあからさまな抵抗を引き起こしたり、煽ったりしたのは、医師や看護師などのプロのケア提供者の登場ではなかった。3月下旬に世界的な警報が鳴った時点で、ケアよりも管理、のパラダイムが正式に確立されたのである。
 明らかに、2014年春に効果的な封じ込めが行われていれば、この後のページで紹介する苦しみや死の多くを未然に防ぐことができたであろう。こうしたページでは、安全で効果的なケアなしに効果的な封じ込めが可能かどうかという問題が提起されている。西アフリカのエボラの流行が始まったときから、国際保健当局が進めてきた優先順位はみえていた。すなわち、第1に感染を阻止すること、第2に医療従事者を保護すること、第3にすでに感染している人々の命を救うことである。これは最初からはっきりしていた」

以下は、最初に感染が広がったギニアの森林地帯における対策についての記述だが、感染管理とケアの対立を緩和するのではなく、強制的に外部から押しつけるような対策をとれば、抵抗が生じる。

「葬儀を禁止する動きに続いて、信頼できる代替手段がない場合に家庭でのケアを禁止する動きも出てきて、森林地帯では諍いが発生した。
このような禁止令の背景にあるメッセージや動機を理解するのは簡単だ。葬儀とケアはエボラの2大感染源である。しかし、最後の儀式とケアは、医療砂漠でも他の場所と同じくらい重要な社会的義務と考えられている。ギニア全域で、人々は疾病対策キャンペーンから逃れ、あるいはそれに暴力的に対応した。接触者の追跡、そして多くの接触追跡者は、しばしば公然の敵意をもって迎えられた。4月4日には、マセンタに開設されたばかりのMSF(国境なき医師団)の隔離施設が、怒りと恐怖に駆られた群集によって略奪され、閉鎖された」

しかし、それでも方針、優先順位は変わらなかった。「結局のところ、人の命を救うことは、医師や看護師の務めなのだ。しかし、WHOの警告や支援要請が遅れた後も、世界中の公衆衛生界では、『優先すべきは封じ込めであり、臨床サービスを提供することではない』という、おなじみの不確かな論理が蔓延していた。これは臨床的ニヒリズムである。支持療法や重症患者のケアを改善するために必要な物資や資金は、予算に含まれていないと毎日のように聞かされていたからだ」

だが、8月下旬に封じ込めの失敗が次第に表面化する。「世界の公衆衛生当局は、自分たちが闘いに負けていることを認めざるをえなかった。春から夏にかけて行われた、適切なケアなしでの隔離、という対策が裏目に出てしまったのだ。最も被害の大きかった3か国の市民は、これらの対策に怯え、9月までに多くの抵抗と妨害を受けた結果、病人を隔離したり、確定した症例の接触者を追跡することが困難になり、多くの地域で不可能になった。接触者の追跡は難しい。
 エボラの感染拡大の原因となった、安全でない埋葬についても、同様のことが言えた。最後の儀式とそのための遺体の準備には、常に文化的な違いがあるが、いつでもどこでも、家族は死者の遺体を尊重する。遺族が安全で尊厳のある、地域の伝統を尊重した埋葬を行なえるように支援することが、葬儀に関連したエボラの感染を遅らせるための倫理的な方法だった。しかし、シエラレオネ政府は、『伝統的』な葬儀を禁止する法律を制定し、違反者には厳しい罰金を課したが、その代わりに、より安全で受け入れやすい代替手段を提供することができなかった。リベリアでは、火葬キャンペーンを開始すると共に、埋葬を犯罪化すると脅した。両国とも、ギニアと同様、これらの動きには広く抵抗された。
 この連鎖を断ち切らなければならない。もし、家族が意味のある安全な方法で最後の儀式や埋葬に参加できるようになれば、家庭内感染が減り、埋葬や公衆衛生チームへの攻撃も減るのではないか」

2014年の西アフリカに比べれば、今回のコンゴ民主共和国東部における流行では、コミュニティへの配慮が意識され、信頼関係を築こうとしているようにもみえるが、「ケアよりも管理、のパラダイム」は根深い。ファーマーは本書で、膨大な資料を参照して奴隷貿易や植民地時代、そして内戦の実態も深く掘り下げたうえで、以下のように書いている。「蔓延するケアよりも管理、のパラダイムが崩れない限り、これらの伝染病に対する反応は、植民地主義、戦争、そして効果的なケアを優先しない公衆衛生のアプローチによって、すでに傷を負った人々の不信感や抵抗感が続くことになるだろう」。

《参照/引用文献》
● 『熱、諍い、ダイヤモンド』ポール・ファーマー著 岩田健太郎訳(メディカル・サイエンス・インターナショナル、2022年)




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