アミタヴ・ゴーシュのエッセイ『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』で取り上げられていたことをきっかけに、実際に読んでみたイギリス出身の女性作家リズ・ジェンセンのエコスリラー『The Rapture(携挙)』については、前の記事「アミタヴ・ゴーシュが評価するリズ・ジェンセンのエコスリラー『The Rapture』、気候変動と少女の予言やキリスト教原理主義者が唱える”携挙”がせめぎ合うなか、崩壊の瞬間が迫りくる」にまとめた。
その記事を書いた時点では、『The Rapture』という作品に注目しているだけだったが、以下のジェンセンの動画を見て彼女に対する興味がさらに広がった。
▼ 作家リズ・ジェンセン:気候変動活動に至るさまざまな道と「エクスティンクション・レベリオン/絶滅への反逆(XR,Extinction Rebellion)」のさまざまな役割
ジェンセンの話の中心は、彼女が環境保護団体「エクスティンクション・レベリオン/絶滅への反逆(XR,Extinction Rebellion)」に参加して活動していることで、それも記事にしたいと思っているが、まず興味をそそられたのは、彼女が環境に関連した小説を書くようになり、特に最後の二冊については彼女自身が”気候スリラー”と位置づけていると語っていることだ。
その二冊のタイトルには触れていなかったが、一冊はもちろん『The Rapture』。もう一冊が気になって調べてみたら、『The Rapture』の3年後の2012年に発表した『The Uninvited(招かれざる者)』という作品であることがわかった。
読みたい本がたまっているので、すぐには読めそうにないが、とりあえずどんな内容なのかチェックしてみた。
この物語では、ふたつの出来事が並行して進展していく。まずイギリスで7歳の少女がネイルガン(釘打ち機)で祖母を殺害する事件が起きる。当初それは単発的な事件と思われるが、暴力が伝染するかのように世界中で子供たちが家族を殺していく。
物語の主人公は、企業スキャンダルのトラブルシューティングを手がけている人類学者ヘスケス・ロック。アスペルガー症候群であるためコミュニケーションには苦労しているが、行動パターンを見抜く能力を備えている。彼の最新の任務は、台湾の木材会社におけるトラブルシューティングだったが、内部告発者が自殺したことで奇妙な展開を見せていく。その後スウェーデンやドバイでも同様の事件が起きる。妨害行為を行った者たちは、みな民話や伝説のなかの存在(アラブ圏の精霊ジンとか北欧神話のトロールとか)との関わりをほのめかして自殺していた。
ヘスケスが調査する事件と子供たちが起こす殺人事件は無関係に見えたが、イギリスに戻ったヘスケスが、義理の息子フレディの奇妙な行動を目撃してから、ふたつが次第に結びついていく。
この程度の概要では漠然としていて、なにが狙いか想像もつかないが、以下の動画がヒントになる。
▼ リズ・ジェンセンがArcのオフィスに立ち寄り、新作『The Uninvited(招かれざる者)』について語る
これはジェンセンが『The Uninvited』について語っている動画で、たとえば影響を受けた作家として、ジョン・ウィンダムとJ・G・バラードの名前を挙げているところなども興味深いのだが、ここで特に注目したいのは以下の二点。
まず、前作『Rapture』に登場する子供の存在について、14歳の少女の大人/親への復讐と表現していること。この14歳の少女については後述するが、これだけでも『The Uninvited』で子どもたちが起こす事件に大人への復讐という意味が込められていることが察せられる。
それを踏まえ、今度は大人についてこのようなことを語っている。人間は自分に嘘をつくようプログラムされている。自分たちについてすべての真実に直面したらおそらく崩壊してしまうだろう。誰も自分自身を振り返りたくはない。子供たちを愛していると主張し、彼らの将来がよりよくなることを望んでいると主張しながら、心の底ではそうしていると分かっているのに未来を台無しにしようとしている。そんな偽善的なことがどうしてできるのか。私たちが将来の世代に対してどのような道徳的義務があるか、知っているのか。
人間が自分に嘘をつくようプログラムされている、という指摘については、単純化しすぎている気はする。環境の変動性とヒト集団の適応の可否については、生態学者ロブ・ダンが書いた『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』の第六章「カラスの知能」におけるヒト集団の考察のほうが説得力がある。それでも、将来の世代に対する道徳的義務を強調しようとする姿勢はよくわかる。
あるいはここで、キム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』を思い出してもいい(『未来省』の概要については、「キム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』とアンドレアス・マルムの『パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか』を結びつける”ラディカル派効果”について」参照)。この物語で2025年に設立される通称<未来省>の宣言文は以下のような内容になっている。
「パリ協定締約国会合(CMA)として開催されたこの国連気候変動枠組条約第二十九回締約国会議(COP29)において認可された補助機関はこれをもって成立され、国際気候変動に関する政府間パネル(IPCC)および国連の全機関、パリ協定に調印したすべての政府と協力し、世界人権宣言に規定された我々の権利と等しい権利を持つ将来世代の世界市民の代弁者たることを宣言する。この新たな補助機関はさらに、現在および将来にわたって生息する、自ら意見を述べることのできないあらゆる生物に関して、彼らの法的地位および物理的保護に対する責任を負うものとする」
では話をジェンセンの気候スリラーに戻して、『The Uninvited』が『The Rapture』とどのように繋がっている(と想像できる)か確認してみたい。
『The Rapture』について動画でジェンセンが語っていた14歳の少女とは、イギリス国内で最も危険な子供たちが収容されているオックススミス青少年保護精神病院の患者のひとり、16歳のベサニー・クラールのことを指している。彼女は2年前、14歳のときに母親をドライバーで刺殺し、そこに送られたが、電気痙攣療法の副作用でこれから起こる災害を予見するようになる。
ジェンセンが語る復讐は、そんなベサニーと彼女の父親、キリスト教原理主義のカリスマ伝道師の間でかたちをなしていく。ベサニーは、このままでは自分も巻き込まれる大惨事を予見している。父親は、未曽有の艱難の時代が到来する前にキリストが再臨し、真の信者だけが救済される”携挙(The Rapture)”が迫っていると説くことで大きな注目を集めている。そんな父親の世界観に支配されて育ったベサニーは被害者であり、それが復讐の理由になる。
さらにこの『The Rapture』にはもうひとり、『The Uninvited』の世界と繋がりを感じる人物が登場している。カルカッタ生まれの地質学者で、故ジェームズ・ラブロックのかつての同僚で、プラネタリアン・ムーヴメントを牽引し、破滅の預言者とも呼ばれ、注目を集めているハリシュ・モダックだ。彼は、人類が人為的な要因によって新たな大量絶滅の瀬戸際に立ち、消滅しないまでも著しい周縁化に至るだろうと予測し、かつては子供や孫が祝福されたが、今では将来世代のために最善を尽くすのなら、それは産まないことだろうと、極めてペシミスティックでリアルな見解を表明する。そんなヴィジョンはおそらく、『The Uninvited』に描かれる子供たちの復讐と無関係ではないだろう。
《参照/引用文献》
● 『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』アミタヴ・ゴーシュ著、三原芳秋・井沼香保里訳(以分社、2022年)
● 『The Rapture』Liz Jensen (Bloomsbury, 2009)
● 『The Uninvited』 Liz Jensen (Bloombury, 2012)
● 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン著、今西康子訳(白揚社、2023年)
● 『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン 瀬尾具実子訳(パーソナルメディア、2023年)
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● 『大いなる錯乱――気候変動と<思考しえぬもの>』アミタヴ・ゴーシュ著、三原芳秋・井沼香保里訳(以分社、2022年)
● 『The Rapture』Liz Jensen(Bloombury, 2009)
● 『The Uninvited』 Liz Jensen (Bloombury, 2012)
● 『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』ロブ・ダン著、今西康子訳(白揚社、2023年)
● 『未来省』キム・スタンリー・ロビンスン 瀬尾具実子訳(パーソナルメディア、2023年)