フィリップ・ブロームは、ドイツ、ハンブルク生まれの歴史学博士であり、歴史家/作家/ジャーナリスト/翻訳家として活動している。2017年に出版された本書『縫い目のほつれた世界 小氷期から現代の気候変動にいたる文明の歴史』におけるブロームの関心の出発点は、「もし気候が変化したら、社会の何が変わるのか。大枠となる自然界の条件に変化が生じたとき、その枠内にある文化、情と知との領域に、それはどのような作用を及ぼすのか」という問いにあり、「気候変動が人間生活のすべての局面に及ぼす影響を探求し、さらにはそれを理解する姿勢を身につけるのにうってつけの時代」として“17世紀”に注目する。
当時の気候変動で重要な位置を占めているのは、のちに“小氷期(英語ではThe Little Ice Age)”と呼ばれるようになった時代区分だが、その始まりと終わりについては研究者によって見解が異なっている。
たとえば、2000年に出版されたブライアン・フェイガンの『歴史を変えた気候大変動 中世ヨーロッパを襲った小氷河期』には、「専門家の多くは、1300年ごろに始まり1850年ごろに終わったとしている」が、なかには「17世紀末から19世紀半ばにかけて世界各地で気温がずっと低くなった時代に限定する人もいる」とあり、2004年に出版されたエマニュエル・ル=ロワ=ラデュリの『気候と人間の歴史Ⅰ――猛暑と氷河 13世紀から18世紀』には、「そうした期間は、おおまかにいって、14世紀初めから19世紀「半ば」まで「持続」した。この小氷期は、気候温和な13世紀と、やはり温暖で、まもなく温室効果の始まりによって完全に温暖化する20世紀に比べて、しばしば寒さが厳しい冬が6世紀間近くの長期にわたって続いた期間とときを同じくしている」とある。
これに対して本書における小氷期は、原題の副題にあるように1570年から1700年までに限定されている。「1570年から1685年にかけて平均気温が摂氏二度ほど下がると、それが海洋の潮の流れをねじ曲げ、気候の循環を乱し、世界中で気象に度を超した妖異をひき起こした」。ヨーロッパはまさにこの時期に、社会、経済、知の世界で革命を体験し、大きな変貌を遂げた。
ちなみに、それ以前のヨーロッパはこのような世界だった。「神学者が解釈の最高権威として君臨し、医学と科学が古代の遺産を寓意として理解することに終始していた世界、経済全体が穀物の作付けに依存し、太陽が地球を周回し、社会が封建制度として組織され、それをわざわざひっくり返すには及ばないと皆がみな思い込んでいた世界」。
小氷期のヨーロッパの変化は、農業が直面する危機から始まる。寒冷化によって凶作と飢餓が繰り返され、穀物が高騰し、騒乱が発生する。それは貴族にとっても人ごとではなかった。収穫量の減少にともなって税収が落ち込み、生活基盤を直撃する。ヨーロッパはたえず戦争状態にあり、軍隊の維持も困難になる。農業の危機は特権階級の危機になり、揺るぎないように見えた社会構造が揺らぎだす。だがそれは、以下のような新しいものを受け入れる機会にもなる。
「古典古代の蔵する美と知性という文化遺産の、ルネサンスによる再発見と、未知の植物、動物、文化の無尽蔵の資源を有する新しい諸大陸の発見、アジアと南アメリカに向かって拡大していく交易網と、天文学のかずかずの発見およびコペルニクスからケプラーにいたる理論、これらは当然のことながら、はたして聖書があらゆる知識の根拠たりうるのかという疑念を呼び起こした」
農業では凶作によって、地域の規則に従う必要がない遠隔地貿易が強化された。寒冷化を乗り越えるために、学者、書物、土地管理人による農業の再編成が行われた。その結果、新しい知識が普及し、新しい農法が導入され、新大陸からもたらされたトウモロコシやジャガイモが栽培され、大農場の土地が整理された。市場を当て込んだ生産が行われ、利益本位の商業活動が活発になり、伝統的な生活様式や慣行が排除され、中産階級が台頭し、追い払われた小農は都会に仕事を見つけるしかなくなった。
戦争を遂行する方法も変わる。新しい工業技術と兵法が導入され、能率は向上したが、経費は何倍にも膨れ上がった。農業生産だけではそれに追いつかず、商業と手工業に頼るようになり、重商主義が戦争を支援する。貧しい人々は安い労働者として国内産の原料を高価な輸出品に変える使命を担う。商取引は戦争の一形態とみなされ、征服した地域を下位の取引相手として扱い、ヨーロッパと西アフリカとアメリカ三大陸とを結ぶ三角貿易が成立し、搾取を前提とする経済成長を遂げていく。
そして、気候変動に端を発した17世紀の衝撃から新しい知識の領域が開け、啓蒙主義や合理主義が発展する。前近代の世界では、道理はつねに多数派、集団の側、序列にあったが、商取引が活発になり、市場中心の社会が形成されていくにともない、軋轢を回避しいっそうの発展を可能にするために、共同社会と寛容について構想を練りなおす必要があった。「ここで決定的に重要だったのは、スピノーザとロックとの異議申し立てだった。二人のいう普遍妥当な人権という理念は、集団の権利に比べて個々人の権利を強化するものだったため、それまで道徳にかなう秩序だとみなされてきたものをひっくり返した」
こうした中産階級の経済面での成功が、搾取を前提とする成長という矛盾を抱えていたことについては後述することにして、もう一冊の『Gun Island』に話を進めたい。
アミタヴ・ゴーシュが2019年に発表した小説『Gun Island』は、2004年の長編『飢えた潮』の続編になる。その物語では、稀覯本の販売業者で、ニューヨークのブルックリンに暮らすベンガル人の主人公ディーンが、17世紀に実在したと思われるベンガル人の商人の伝説と、ディーンの古い友人でヴェネチア史の権威であるイタリア人女性チンタに導かれるように、『飢えた潮』の舞台になったインドのシュンドルボン、ロサンゼルス、ヴェネチアへと旅をつづけ、さまざまな経験を通してその世界観が劇的な変貌を遂げていく。
そんな物語がどのようにブロームの『縫い目のほつれた世界』と結びつくのか。その繋がりは物語の内容にあまり触れなくても説明できる。注目したいのは、ディーンがチンタと合流する約束をしたロサンゼルスの美術館で、たまたま聴講することになる若い歴史家の講演だ。
そのテーマは「17世紀における気候と終末」で、若い歴史家はこんなことを語る。17 世紀は気候がひどく乱れた時代で、「小氷期」と呼ばれることもある。この時代には、地球全体の気温が急激に低下し、世界の多くの地域が飢饉、干ばつ、疫病などに見舞われた。大規模な地震活動や火山の噴火も起こり、多くの人々が亡くなった。また、かつてないほど多くの戦争が起こり、ヨーロッパの多くの地域が紛争に揺れた。しかし一方で、この大変動は啓蒙運動の時代の始まり、ホッブス、ライプニッツ、ニュートン、スピノザ、デカルトの世紀でもあり、世界は文学、芸術、建築などの多くの傑作によって豊かになった。
その講演を聞いているうちにディーンは、彼が追いかけているベンガル人商人の伝説でも、干ばつ、飢饉、嵐、疫病などが重要な位置を占めていることに思い当たる。そして、この伝説は小氷期の苦難から生まれたのだろうかと考える。
これだけでも『縫い目のほつれた世界』との結びつきは明らかだが、より重要なのは、ブロームとゴーシュがそれぞれに、17世紀のヨーロッパ、気候変動に端を発する大変動を通して現代を見直そうとしていることだ。そこで再度、『縫い目のほつれた世界』を振り返ってみたい。
啓蒙主義思想によって根拠を与えられ、成長した西欧社会は重大な矛盾を抱え、今日にいたってなおそれを克服できずにいる。社会を動かす中産階級の経済面での成功と富貴とは、17世紀のもうひとつの遺産である搾取に支えられている。その搾取は、啓蒙主義のもろもろの要請と絶対に相いれない。そこから対立が生まれ、今日までつづいている。本書ではそれが、「自由主義の夢」と「権威主義の夢」というふたつの夢の対立としてとらえられている。
「少なくとも初期段階では、二十一世紀のこの二つの夢もこのように位置づけられる。自由主義の夢は、この間に全世界の、多少なりとも西欧を指向するようになった都市の中間層にとって、今なお集団としての投影スクリーンである。中産階級は、政治参加、個人としての安全、文化面からの自己規定、経済での成功といったことへの関心を、啓蒙主義の用語を使って論証する一方、全世界の団結という方面では、その団結が経済と政治における自分自身の利益と一致するか、それとも団結が自分の利益を達成するための道具に使えるかするかぎりにおいて、せいぜいそれらしいしぐさをしてみせるにすぎない。しかし同時にまた自由主義の夢は、南アメリカからアジアまでの、権利を奪われた無数の人々の夢でありつづけている。なぜなら人々は、自分の声が聞き届けられる民主主義の下に生きる幸福をいまだ享受せず、自由を手にする日を待ち望んでいるからだ。
権威主義の夢は幅広い多様な人々を集める。その多様性を理解するいちばん手っとり早い方法は、他者を排除する修辞に着目することだ。ここには裏切られた人と蹂躙された人、よりどころを奪われた人とすでに何かを失った人――裕福な世界なら、とりわけ何かを失いはしないかと恐れている人――が集まっている。ところがこの人たちはエリートに属さず、エリートと政治の過程、民主主義、情報伝達の媒体を信用していない。自分を陰謀の犠牲者、屈辱を味わわされた人間だと思っている。特定の集団を排除してようやく自分の世界像は鮮明になる。身に危険が及んでいると感じたら、それへの反応として自分の世界像が必要とするのは、とりわけ敵の存在である」
一方、ゴーシュは『Gun Island』で、矛盾を抱え、対立につながっているそんな西洋社会を、主人公ディーンを通してアジア人の視点からとらえていると見ることもできる。ディーンは、彼がシュンドルボンで出会ったベンガル人の若者が、のちに姿を消し、密かにインドを離れヨーロッパを目指していたことを知る。物語の終盤では、その若者を含む難民たちを乗せた漁船がシチリア島に向かっていることがわかり、ベネチアに滞在していたディーンは、船で救出に向かい、対立を目にすることになる。
海上では、難民たちを乗せた漁船と移民排斥を掲げる怒れる若者たちを乗せたボートが対峙している。この場面でディーンは、17世紀以後のヨーロッパを踏まえて難民と反移民の若者について考察を加える。その考察については、『縫い目のほつれた世界』の以下のような記述を頭に入れておいてもよいだろう。
「十七世紀に植民地の大農園と鉱山とでヨーロッパ経済のために体を酷使していたアフリカ、南アメリカ、アジア系の奴隷は、どれほどいたのだろうか。つぎの二世紀ほど多くはなかったが、それでも、厳密な数値は記録されていないにせよ、一万ないし十万はいただろう」
ディーンは、難民を乗せた漁船を見て、かつてプランテーションで働くためにインド亜大陸から遠方の植民地に運ばれた下層労働者や奴隷を想起する。そうした労働者や奴隷も現代の難民も、斡旋業者などに監視され、搾取され、劣悪な環境に押し込まれて旅をした。しかし両者には重要な違いがある。下層労働者や奴隷は、どこに運ばれるのかもわからず、運命を左右する法律や規則も知らず、巨大な機械のようなプランテーションの歯車になるしかなかった。これに対して、ディーンが知るベンガル人の若者たちは、子供のころからスマホで豊かな生活を目にし、目指す場所や法律を知り、欲望に動かされ、自分のネットワークを使って旅をする。先述の「自由主義の夢」の引用を踏まえるなら、この若者たちは、アジアで権利を奪われた無数の人々のひとりであることをやめ、自由主義の夢をつかもうとしているといえるかもしれない。
そして、ディーンの反移民の若者についての考察も、そんな現代の難民への視点と結びついている。奴隷制の始まりから何世紀にもわたり帝国主義勢力は、想像を絶する規模で大陸間で人々を輸送し、地球全体を改造する一方で、ヨーロッパの白人中心の大都市圏を守ろうとし、特権を享受してきた。反移民の若者たちにとっては、現代の難民たちを乗せた小さな船は、そんなヨーロッパの形成に不可欠だった事業の転覆を象徴している。だから彼らはそれを恐れる、とディーンは考える。そこには、先述の「権威主義の夢」を見ることができる。
ゴーシュの『Gun Island』は、ブロームの『縫い目のほつれた世界』と合わせて読むと、そのヴィジョンがより興味深く、鮮明になるように思える。
《参照/引用文献》
● 『縫い目のほつれた世界 小氷期から現代の気候変動にいたる文明の歴史』フィリップ・ブローム著、佐藤正樹訳(法政大学出版局、2024年)
● 『Gun Island』Amitav Ghosh(John Murray、2019年)
● 『飢えた潮』アミタヴ・ゴーシュ著、岩堀兼一郎訳(未知谷、2023年)
● 『歴史を変えた気候大変動 中世ヨーロッパを襲った小氷河期』ブライアン・フェイガン著、東郷えりか・桃井緑美子訳(河出書房新社、2009年)
● 『気候と人間の歴史Ⅰ――猛暑と氷河 13世紀から18世紀』エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ著、稲垣文雄訳(藤原書店、2019年)
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● 『Gun Island』Amitav Ghosh(John Murray、2019年)
● 『飢えた潮』アミタヴ・ゴーシュ著、岩堀兼一郎訳(未知谷、2023年)
● 『歴史を変えた気候大変動 中世ヨーロッパを襲った小氷河期』ブライアン・フェイガン著、東郷えりか・桃井緑美子訳(河出書房新社、2009年)
● 『気候と人間の歴史Ⅰ――猛暑と氷河 13世紀から18世紀』エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ著、稲垣文雄訳(藤原書店、2019年)